ロボットが接客して、注文を取り、コーヒーを運ぶ。それだけでなく客と雑談し、メールアドレスの交換もしている。これはSFの話ではない。東京・大手町で10月7日から23日までオープンした「分身ロボットカフェ DAWN ver.β2.0」でのことだ。
このカフェは、分身ロボット「OriHime」の開発と提供を手掛ける、株式会社オリィ研究所(東京都港区)が期間限定で運営した。ロボットを動かすのは遠く離れた場所で寝たきりで生活する、重い障害のある人をはじめとした外出困難な人たち。期間中30人が働き、カフェを訪れた約2000人を接客した。
カフェは2020年までの常設化を目指している。オリィ研究所の代表取締役所長の吉藤オリィさん(32歳)は、今回の期間限定のオープンは常設化を実現するための公開実験だと話す。分身ロボットカフェのプロジェクトが未来をどのように変えていくのか、吉藤さんに聞いた。
肉体労働を可能にするテレワーク
全長120センチのロボットOriHime-Dが、コーヒーカップを乗せたトレイを持って、店内を進んでいく。注文があったテーブルに着くと、ゆっくり手を動かしてカップをつかみ、一つずつテーブルに置いていく。
うまく置けるたびに、客から「おおー」と歓声があがる。全てのカップをテーブルに乗せると、OriHime-Dは「やりました」と言って、腰に手を当てて胸を張った。カフェの客からは大きな拍手が起きた。
カフェの店内を動いてまわっているのは、3体のOriHime-D。各テーブルには首だけが動く小型ロボットのOriHimeがいて、客から注文を聞き、雑談もする。カフェに興味を持った企業の関係者とメールアドレスを交換しているOriHimeもいた。
ロボットを操作しているのは「パイロット」と呼ばれるスタッフで、ほとんどのパイロットが重度の障害があり、外出が困難な人たち。東京を遠く離れた自宅などからスマホやPCで遠隔操作をしている。
中には言葉を発することができず、眼球しか動かすことができない難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者もいる。視線による入力でロボットを動かし、会話をするためのソフトを使って、接客しているのだ。これは仕事であり、パイロットには東京都の最低賃金をベースにした給料が時給で払われる。
「分身ロボットカフェ」がオープンしたのは今回が2回目。昨年は11月から12月にかけての10日間オープンし、10人のパイロットが勤務。今回は17日間で3倍となる30人のパイロットが働いた。
カフェを運営するオリィ研究所代表取締役所長の吉藤オリィさんは、OriHimeによってパイロットが働くことを「アバターワーク」と呼んでいる。
「パイロットは遠くにいますが、ここに存在していて、物を運び、人を案内し、接客することができます。アバターワークと呼んでいますが、分かりやすく言うと、肉体労働を可能にするテレワークです。
つまり、分身ロボットカフェは、カフェを運営すること自体が目的ではありません。体が動かないために働いたことがない人、もしくは久しぶりに働く人たちの、働き方のトレーニングの場として機能すると考えています」
OriHime-Dの誕生は亡き親友のアイデアから
吉藤さんがOriHimeを最初に製作したのは2010年。24個のモーターがついた大型のものだった。その半年後にモーターが2個しかない小型のOriHimeを開発し、テレワークに活用していた。
OriHimeによるテレワークで、吉藤さんの秘書として働いていたのが、親友でもある番田雄太さんだった。番田さんは4歳で交通事故により頚椎を損傷。17年に亡くなるまで、28年の生涯の大半を寝たきりで過ごした。
盛岡から東京にいるOriHimeを動かして働いていた番田さんは、来客者を出迎えたり、見送ったり、お茶を運んだりなど、もっとやれることを増やしたいと考えていたという。16年のある日、2人で雑談するなかで「移動できるOriHimeを作ろう」というアイデアが浮かび、その日のうちにデザインを描き、模型を作った。それがOriHime-Dの原型となった.
「番田が秘書として働いて、給料をもらっていても、『それは番田さんだからできるんですよね』『オリィ研究所だからできるんですよね』と言われていました。確かに、特別支援学校に通う子どもたちがみんなテレワークで知的労働ができるかというと、まったく働いたことがなければ難しいですよね。それに生身の体がないと難しいコミュニケーションもたくさんあります。
では、みんなが働けて、雇用する側の企業も働くことがイメージしやすい仕事はどんなことだろうと考えました。そのときに番田と話したのは、動かない小型のOriHimeだと、他の人が客を社内に誘導して、奥にいる番田が『こんにちは』とあいさつする形になるので、これでは秘書の方が偉そうだなと(笑)。そこで玄関に客を迎えにいくことや、コーヒーを持っていくことができるようにしたいと考えたのが最初です」
学校に行けず3年半ひきこもりに 開発の原動力は「孤独をなくすこと」
吉藤さんは高校時代からさまざまな発明に関わっている。04年には電動車椅子の新機構の発明で、高校生科学技術チャレンジで文部科学大臣賞を受賞。翌年に米国で開催されたインテル国際学生科学技術フェアに日本代表として出場し、グランドアワード3位に輝いた。
詫間電波工業高等専門学校で人工知能を学んだあと、早稲田大学創造理工学部に進学して、OriHimeを開発する。 きっかけは、11歳から14歳まで療養のために不登校だった自らの体験にあった。
「3年半学校に行けずに、引きこもっていたときは、本当に何もしていませんでした。むしろ家族に迷惑を掛けていたと思いますし、プリントを持ってきてくれる学校の友達にも申し訳なかった。何かをしてもらうのもつらいし、そのうち友達も来なくなり、何もしてくれなくなるのもつらい。全てがつらい状態で、生きるのがつらかった。
われわれもいつかは体が動かなくなります。頑張って生き延びて75歳を超えたときに、人は健康寿命を迎えます。それから先、天井を見続けながら惜しまれることもなく死んでいくのは、あまりにもつらいと思いました」
その後発明を始めて、出会ったのが番田さんやALSの患者だった。どうしたら人生の最後まで孤独にならずに過ごせるかと考えたのが、開発の原点だったと吉藤さんは話す。
「ALSの患者さんは、人工呼吸器をつけるかつけないかを選択するときに、つけないことを選択する人が少なくありません。これから先、何もできないと思うからです。なぜそう思うのか。それは体が動かなくなったときのロールモデルが足りていないからではないでしょうか。
日本は長寿大国ですが、最後まで自分らしく生きているかどうかに疑問があります。でもその先に、ロールモデルがあれば変わってきます。私は寝たきりの方を患者ではなくて寝たきりの『先輩』と表現しています。外出困難な先輩たちと一緒に、どうすれば死ぬ瞬間まで楽しく、一人で孤独にならずに、仲間と出会いがあって、必要とされながら死んでいく終わり方をできるだろうか。
その答えを見つけるための研究がOriHimeであり、ロボットカフェです」
パイロットの多くが「前向きになった」と感想
今回オープンしたカフェでは、接客を通してさまざまな実験が行われた。その一つが、パイロットの役割を分担化したことだ。接客だけでなく、シフトを組む、現場を見て指示をする、司会をするといった役割にも分かれた。それぞれの仕事が得意な人もいれば苦手な人もいるので、パイロット同士で相談しながら進めていった。
OriHime-Dは、オープン初日はコーヒーを乗せたトレーを運ぶだけだった。徐々にカップをつかんでテーブルに置くことに挑戦し始めたり、皆の前でカフェの説明を行う司会に名乗り出たりするようになった。
パイロットが働いたことで得られたと感じたのは、給料よりもむしろ「寝たきりでも仕事ができることの喜び」だったという。パイロットは仕事の充実感をそれぞれTwitterでつぶやいている。
分身ロボットカフェは、20年の常設化を目指している。今回初めて働いたパイロットからも「自分の中でいい変化が生まれた」と声が寄せられ、吉藤さんは常設化への手応えを感じたという。
「パイロットのみなさんは、初めはすごく緊張したそうですが、多くの人が『前向きになった』とポジティブな感想を寄せていました。
カフェに来てくれたお客さんや企業の人たちに、重度の障害がある人でも、遠隔で接客ができることを実感してもらえました。パイロットの中には企業で働くことが決まった人もいますし、自治体から(障害者支援政策やデータ分析に関して助言をする)『共生社会アドバイザー』になることを要請された人もいます。これは非常に大きな成果だと考えています」
障害とは「テクノロジーの敗北」
吉藤さんはOriHimeによって、重い障害のある人たちと一緒に働き、研究を進めることが、障害のない社会を実現することの近道になると考えている。
「障害とは何かというと、身体障害があるとか、障害者手帳を持っていることではありません。自分が何かをしたいと思ったときに、それをどうやっても越えることができない現代の壁が障害だと私は思っています。
そういう意味では距離も障害です。昔は大阪に住んでいる人が東京の家族に連絡を取るだけでも大変でした。それがいまは障害ではなくなっているわけですから、障害があることは、『テクノロジーの敗北』でもあるわけです。
私は障害のある人が普通に働けることを目指しているのではありません。そもそも普通は幻想です。いまの普通と5年後の普通は全く違います。だったら寝たきりを一つの価値として捉えて、OriHimeや車椅子などいろいろな機器を、障害のない人にもうらやましいと思われるものにしたい。普通に追い付くのではなく、普通をつくることをこれからも目指していきます」
今回オープンした分身ロボットカフェには、クラウドファンディングで1000万円を超える支援が寄せられた。複数のスポンサー企業もあらわれ、パイロットがOriHimeやOriHime-Dで働く場も広がっている。吉藤さんは常設化に向けて支援を呼びかけながら、さらなる進化を目指して研究を続け、思い描いている未来を着実に現実へと近づけている。
(フリーライター 田中圭太郎)