アトムにナウシカ……マンガ・アニメ原画が海外で1枚3500万円の落札も――文化資料の流出どう防ぐ

2018年5月にフランス・パリで開催されたオークション(主催会社:アールキュリアル)で、手塚治虫のマンガ原稿の原画1ページ分が26万9400ユーロで落札された。作品は手塚の代表作『鉄腕アトム』、1950年代に描かれたものだ。日本円に換算すると約3500万円。当初の落札予想価格の4万~6万ユーロを大幅に上回った。手塚治虫の直筆原稿は、それまで国内でも高額取引されていたが、それでも破格の価格だ。

『ポケモン』『ドラゴンボール』がサザビーズに登場
今年10月には、マンガ・アニメ関係者で話題になった別のオークションもあった。大手オークション会社のサザビーズが香港で開催した現代アートオークションである。140点あまりのロットのなかに、『ポケットモンスター』『それいけ!アンパンマン』『ワンピース』など、日本の人気マンガの原画やアニメ制作に使用されたセル画が全部で9点出品された。

手描きの背景美術が付いた『ドラゴンボール』のセル画1枚は、落札予想価格3万香港ドルの3倍を超える10万2500香港ドル(約143万円)、『風の谷のナウシカ』のポスター原画が106万2000香港ドル(約1500万円)と、こちらも高額落札が相次いだ。

サザビーズはアート界ではクリスティーズと並ぶ世界二大オークションハウスの1つだ。そこでセールスされることは、権威づけにもなる。しかも現代アートの中での扱いが驚きを与えた。

なぜオークションハウスが、日本のアニメ・マンガを取りあげるのだろうか。もともと欧米では、アメリカンコミックスやヨーロッパのバンドデシネ(マンガ)の原画、アニメーションのセル画などをオークション売買する習慣があったからだ。二大オークション会社でも、アニメーションやコミックス分野に特化したオークションはたびたび開催されている。

3億円超えのマンガ原画も
さらに近年はコレクターの広がりもあり、落札価格が急上昇している。2008年まではフランスの作家エンキ・ビラルの『青い血』のマンガ原画についた17万7000ユーロ(約2500万円)がこの分野の最高落札価格であった。

ところが08年3月にアールキュリアルでベルギーの作家エルジェの代表作『タンタンの冒険』の原画が約76万4000ユーロ(約1億2000万円)で落札され記録を一気に4倍に塗り替えた。14年にはやはり『タンタンの冒険』の原画が265万ユーロ(約3億7000万円)で落札され、記録はさらに3倍となった。

米国でも14年に『スーパーマン』が初めて掲載されたコミック誌「アクション・コミックス」創刊号が、インターネット競売のイーベイにて約320万ドル(約3億3000万円)で落札されている。こちらは原画でなく雑誌であるが、ポップカルチャーのコレクションが盛りあがっている。こうした流れのなかで世界のポップカルチャーに大きな影響を与えてきた日本のマンガ・アニメにも関心が集まる構図だ。

日本マンガ・アニメ原画が「有望市場」に
これまでも日本のマンガ・アニメの原画・資料は、何度か海外のオークションに出ている。12年のサザビーズ・パリのバンドデシネオークションにはすでに手塚治虫の名前が確認できるし、14年のクリスティーズでも同様だ。米国の映画・エンタメ専門オークションのプロファイル・イン・ヒストリーでは、10年代の初めから『鉄腕アトム』や『AKIRA』のセル画の出品が確認できる。

中でも取引が多いのは、フランスだ。もともとフランスはバンドデシネを「9番目の芸術」と位置付ける国だから、日本マンガも文化として高く評価する。さらにフランスの日本マンガの出版部数は、米国に匹敵するほどだ。

これに拍車を掛けたのが、日本のマンガ・アニメの文化的評価の高まりである。ルーブル美術館特別展での荒木飛呂彦氏の作品展示など小規模な展示企画が続いたあと、18年冬にパリのラ・ヴィレットにて日本のポップカルチャーを総合的に取り上げた「MANGA⇔TOKYO」が開催され、注目を浴びた。

19年にはお隣の英国・大英博物館で海外では過去最大規模の日本マンガの大回顧展「The Citi exhibition Manga マンガ」も実施され、来場者数が17万5000人を超える大盛況となった。もともと人気が高いところに、原画やセル画の存在が知られることで、収集対象とも見なされるようになった。展覧会は日本のマンガ・アニメ文化を広く認知させる効果もあったが、同時に海外のコレクション意欲にも火をつけたわけだ。

これにオークション会社が加わる。一般的には骨董品や印象派の絵画などを思い浮かべがちなオークションハウスは、実は21世紀に大きく変わっている。現代アートから写真、時計などコレクタブル(集めやすい)アイテムなどの新分野に積極的に進出している。その次の有望市場に、日本のマンガ・アニメが加わる可能性があるのだ。

しかし実際に今後の動向を左右しそうなのは、欧米でなくアジアである。先のサザビーズのオークションも、会場が香港であったことは重要な点だ。日本のポップカルチャーが長年人気を誇り、親しみを持って迎えられていたのは欧米よりむしろアジアである。

欧米で評価された「日本アート」、アジアに波及
これには先例がある、現代アートで「具体派」と呼ばれた日本の作家・作品群である。現代アートと言っても「具体派」の活動が盛んだったのは1950、60年代、国内では大きな影響を与えたが、海外でほとんど知られなかった。ところが90年代に欧米の美術館やギャラリーで特集され、再評価されたことから価格がぐんぐん上がりだす。今ではちょっとした作品でも購入するには勇気のいる価格になっている。

この「具体派」のコレクターは欧米よりむしろアジアに多い。近年、日本を代表するアーティスト草間彌生、奈良美智、村上隆氏のコレクターもまたアジアに多い。最初に評価をするのは欧米だが、購入の中心はアジアになっている。

アジアは長年日本に近しい地域だが、日本に世界のアート評価を動かす力はない。そこでアジアの人々は、欧米のアートスタンダートに頼る。欧米で認められた日本文化がアジアに波及し、日本を飛ばして広がっていく。日本のマンガ・アニメの原画も欧米の美術館、オークションハウスのシステムに乗ることで、大きく変ろうとしている。

日本オークションでもマンガ・アニメ急増

アートとしてマンガ・アニメをオークションが扱う流れは海外だけでない。日本のオークション会社が、マンガ・アニメ関連を扱う動きがここ1、2年で増えている。

先駆けは国内の老舗シンワオークション(東京・中央)で、18年に初めて出品をマンガに絞った「MANGAオークション」を開始した。これが好評を博したことから現在では定期開催に向かっている。

それまでもマンガやセル画を散発的に扱ってきた国内最大手の毎日オークション(東京・江東)は、今年12月に開催されるオークションで86点ものロットを用意する。手塚治虫だけでなく、スタジオジブリの各作品、『超時空要塞マクロス』『うる星やつら』などの往年の人気マンガ・アニメが中心だ。さらに驚くのはSBIアートオークション(東京・江東)だ。SBIは現代アートに特化したオークションとして知られるが、11月のオークションで12点のマンガ・アニメ関連の出品をしている。

国内の動きは自らニーズを発見したというより、15年以降の海外の動きに影響されている。海外での取引実績が多く、高値がつく手塚治虫を積極的に扱っていることからもうかがえる。

マンガ原画やアニメのセル画が取引されるのは、今に始まったことではない。昔はマンガ原稿が読者プレゼントに使われたし、セル画は番組制作後に売却したり、ファンへのプレゼントに利用されたりすることもあった。破棄されることも多く、そこから関係者やファンの手に渡った物もある。これらが古書店を中心に売買され、長い間それなりの流通市場を形成してきた。

マンガ古書を売買するまんだらけが原画を本格的に扱うようになったのも大きい。この分野の大手として台頭し、2000年代に入る頃には販売だけでなく、より収益のあがるオークションを本格導入した。

それらの購入は日本だけでなく海外からも多かったが、購入するのは一部のマニアだけであった。人気はあっても日本のマンガ・アニメの原画の価値が定まっていないからだ。

10年代後半以降の動きが違うのは、美術館や大手オークション会社で扱われることで価値が裏付けられたことだ。購入側の心理的なハードルは下がり、今後はより広いファンが購入するかもしれない。マニアな場所から一般的な場所に飛び出すのは、日本のマンガ・アニメが10年代にポップカルチャーのメインストリームに踊り出したのにどこか似ている。

原画・セル画がオークションに取り扱われる仕組みはこれで理解できる。では現在の価格は合理的なのだろうか。手塚治虫の3500万円は高いのか安いのか。それは一時の熱狂ではないだろうか。

億を超える数の原画素材が「高騰」するワケ
毎週何百タイトルもの連載がある国内マンガは、これまで膨大な量の原画が描かれている。またアニメの中間素材も膨大である。テレビアニメ1話であれば300カット前後分の原画、動画枚数で数千枚から場合によれば1万枚を超える。さらに背景美術や設定。日本のアニメは誕生からこれまで1万1000タイトル以上、15万話を超える制作がなされてきた。単純に計算すれば億を超える素材が存在する。そんなに量があれば価値があると考えられないかもしれない。

しかし実際は長い歴史のなかで破棄、散逸したものは驚くほど多い。またアートの世界ではあまりにも希少であるよりも、ある程度の量がある作家やジャンルの方が価格は上がりやすい。コレクションが可能でないと、十分な数のコレクターも生まれないからだ。

また「コレクションされるものとされないもの」や「価値があがるものとそうでないもの」には大きな偏りがある。それは作品や作家の人気にも左右される。

恐るべきは「原画の海外大量流出」
原画やセル画の取引が活発化することで、確実に起こりそうなのは海外流出である。海外のコレクターには豊富な資金を持つ者も多い。実際にかなり高額で取引されるある70年代のアニメ作品は、フランスの富豪のコレクターがいるとされている。そうでなくても、いまや日本のマンガ・アニメファンの総数は国内より海外が多いだろう。競争入札の場であるオークションに出れば、海外在住者に購入される可能性が高い。

これまで既にかなりの量のマンガ・アニメの原画類が海外流出したと言われている。まんだらけでは、決算報告でオークションなどでは海外からの購入者が既に多く、拡大していると報告している。海外のサイトでは自身のコレクションを広く紹介するものもあり、その量と内容に驚かされる。もちろん一般公開しないケースがはるかに多いはずだ。それはかつて日本の浮世絵が国内で十分評価されない中で、海外に流失していった歴史を想起させる。

日本の行政や関係企業は、これにどう対応しているのだろうか。

進まぬ日本の行政・企業の保管体制
アニメではきちんと管理、保存されているケースは少ない。関連の博物館・美術館施設では東京都杉並区の杉並アニメーションミュージアムがあるが、その収蔵能力は限られている。

三鷹の森ジブリ美術館の運営に大きく関わっているスタジオジブリや、東映アニメーション、プロダクションI.Gなどの企業は保管を進めているが、自社で保存している古い作品資料は少ない。米国のディズニーでは長年の資料を数千万点単位でアニメーション・リサーチ・ライブラリーに保存し、いつでも参照できるシステムを持つ。これと比べることはとてもできない。

アニメの原画類が長年保存・管理がなされないのは、保管のコストが高く、中小企業が多いアニメ業界にとって負担が大きいからだ。アニメは完成した作品が全てで、完成後の制作資料は不要と考えられていたこともある。

結果として、資料・素材のかなりが破棄されてきた。個々のクリエイターが自ら管理・保存して残されたものもあるが、本人が亡くなることがあれば、その価値を知らない相続人にごみとして捨てられてしまうこともある。

マンガの問題はさらに深刻になる。マンガ家の多くは個人で、会社ですらない。マンガ原画の保存もコストは重く、人気作家ほど多忙で手が回らない事情もある。出版社はあくまでも作家の作品を発表する雑誌やコミックスを発売するだけで、作品はもちろん、原画の所有者でない。権利的にも原画を管理する立場ではない。

期待されるのは美術館・博物館や研究機関・関連団体だが、現状はそうした役割を果たせていない。京都国際マンガミュージアム、明治大学米沢嘉博記念図書館、横手市増田まんが美術館、個人作家では宝塚市立手塚治虫記念館、石ノ森萬画館、川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム、青山剛昌ふるさと館などはあるが、その数が圧倒的に不足している。

今年10月に台風19号により約26万点もの所蔵品が浸水被害を受けた川崎市民ミュージアムもその1つであった。被災後の管理側の対応を見ても、人手、予算、ノウハウが十分でないことが分かる。

もう1つ見逃せない問題に相続がある。これまで資料に過ぎなかった原画に価格がつくことで、それが資産として計上される。作家の死後に、相続人には莫大な相続税がかかる可能性がある。相続税対策で売却されれば、整理保管していた資料はばらばらになる。

さらに資料を厳重に管理するほど、市場での価値が高くなる矛盾がある。

厳重保管されていた作品の紛失原稿が高騰
ながやす巧氏が作画を担当したマンガ『愛と誠』の原画が2018年、まんだらけのオークションにて400万円で落札された事件が一例だ。ながやす氏は長年原画を自身で管理し、市場での売買はほとんどなかった。そのなかで紛失原稿がオークションにかかり、希少価値から価格を引き上げた。厳重に管理すればするほど市場での評価額が高くなり、相続の際の負担を圧迫する。まとめて寄付をするにも、受け入れられる場所は多くなくシステムも未成熟である。

日本で保存できなければ、海外で保存されるのは1つの解決策である。高額で購入する人は、それに見合った保管をするはずだ。

「海外でコレクション」される問題点
しかしここにもいくつもの問題がある。1つは投機である。どんなアートやコレクションアイテムでも、市場に流通すればある程度の投機は避けられない。1枚1カット数百円~数万円で描かれた動画・原画、マンガ原稿がとてつもない高額になれば、複雑な気持ちになる制作者も多いはずだ。

さらに文化の保存を市場価値に委ねる危険性もある。個人コレクションは特定の好みや傾向に左右されがちだ。大ヒットしたアニメやマンガの資料は人気が高く、高価になるがため大事に保管される。しかし必ずしも市場的な人気がなくても、貴重な文化記録・資料は数多い。そうしたものは「価値が低い」と顧みられないこともある。

またたとえ保存されても、どこに何があるか分からなければ研究も広く一般に紹介するような活用も出来ない。それこそが散逸である。

本来のアートであれば、研究者や美術館・ギャラリーが作品を把握し、時には「レゾネ」という全作品目録を編さんする。しかしさまざまなかたちで現場から離れたマンガ・アニメの資料は、一体、いつ、どのようなかたちで誰の手に渡ったのか把握できない。

では実際にどのような解決策があるのか。まずは行政の役割になるだろう。本来は調査・保存・活用をする組織が必要とされるが、2009年に発表された、アニメやマンガ、ゲームの資料保存を目的とする国立メディア芸術総合センター構想は、プロジェクトの出し方のまずさもあり廃案になっている。近年新たに出されているメディア芸術ナショナルセンター構想も迷走気味だ。

『エヴァ』の庵野秀明監督ら立ち上がる
こうしたなかで民間の立場から、貴重な資料を散逸することなく保存しようとする試みが始まっている。その1つが『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』で知られる庵野秀明監督らが中心となる特定非営利活動法人・アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)である。もともとは庵野氏が、アニメ・マンガと並ぶ特撮分野の文化保存を目的にスタートした活動であった。やがて特撮だけでなく、アニメも含めた資料の収集・保存、さらに研究の組織としてATACを立ち上げた。

注目されるのは「特撮の神様」と言われた円谷英二氏の出身地である福島県須賀川市が、巨大なミニチュアを含んだ資料の保存場所を提供したことだ。民間の動きに地方自治体が協力する。国が法律や仕組みを整えることで、保存活動も促進できるだろう。

もう1つ重要になるのが「現状把握」だ。現在はアニメ・マンガ作品そのもののデータ管理がようやく進みつつある。しかしその資料については手付かずである。大規模に保管することが難しくても、重要な資料だけでも誰が、何を、どこで保存しているかの把握はより手がつけやすい。

その後はやはり行政による保管・保存になる。安心できる場所で、系統だって保管されれば、文化的な歴史資料となり、次世代のクリエティブにも活用できる。優品のかなり多くが海外に流出してしまい、国内に残った物も一部のコレクターによる努力で何とか集められてきた浮世絵の二の舞も避けられるだろう。

数土直志(すど ただし アニメ・映像ジャーナリスト)