師走である。今年1年あまり良いことがなかった。豪雨暴風に複数の台風襲来。夏が長く春秋は短く、そして、すぐに冬が到来する。最近の気象の傾向だ。せめてこの12月はこの時節に合ったうまいそばでも食べたいものだ。
そういえば、冬らしい店名の大衆そば屋が東武スカイツリーラインの梅島駅にあることを思い出した。「雪国」である。よく晴れた師走の昼下がり、1年半ぶりに訪問した。
梅島駅は南に北千住と荒川、北に西新井大師があるロケーションだ。細長い構造でロータリーはない。行くたびに東西南北がわからなくなる不思議な駅だ。「雪国」はそんな梅島駅改札を出てすぐ。
先代が昭和54年に開業し、二代目の若大将の山田さんが引き継いで5年前にリニューアルして今に至っている。自分が最初に訪問したのは先代が切り盛りしていた2004年だった。当時のファサードはベージュで枯れた感じの店先だったが、味は絶品だった。
今の「雪国」は真新しく落ち着いた雰囲気となり、内装も大きく進化した。左に4人掛けテーブルが2つと2人掛けテーブルが1つ、右に厨房とカウンターという造作で、ゆったりと食べることができる。かつて訪問した先代の時のレイアウトが思い出せない位、ぴったりと配置されている。
訪問時も、近所の商店主だろうか年配の男性や、女性1人客、カップル、高校生などが入店していた。地元民には使いやすい日常そば屋というわけである。
山田店主に挨拶してメニューを食い入るように眺めてみた。すると、他店であまり見ない面白い記述が掲載されていた。それは次のようなものだった。
●麺が4種類から選べます。 更科そば・細白麺(蕎麦粉4割)180g 藪そば・細黒麺(蕎麦粉3割)190g 田舎そば・太黒麺(蕎麦粉3割)200g うどん250g
「雪国」は大手製麺のむらめんの茹で麺を使用している。大勢の人の好みに合わせて揃えたようだ。更科そばは一番粉を主に使用、藪は二番粉、田舎は三番粉あたりを使用しているはずだ。配合まで書いてあるのがなんとも大衆っぽくて潔い。
「雪国」で食べたことのなかった田舎そばで「舞たけ天ぷらそば」(390円)を注文した。天ぷらはかき揚げや春菊天、なす天、ソーセージ天、ちくわ天などの自家製が並ぶ。湯通しする時間もそばの種類によって若干変えている。ほどなく到着したどんぶりを手に取ってつゆをひとくち飲んでみる。
「この味だ。この奥深いつゆが雪国だ」
つゆは芳醇で深い味わいを伝えてくる。出汁の香りと一体化したうまさがじんわりと響いてくる。
さらに、メニューをみていくと面白い記載が続いている。
●現在の返し(◎したところが現在の状態) 早熟(醤油強め)・・・・熟成(丁度良い)・◎・・・完熟(甘み強め) ●現在のおつゆ(◎したところが現在の状態) 早熟(香り強め)・・・熟成(丁度良い)◎・・・・完熟(旨み強め)
「現在の返し」という記載が興味深かったので、食べながら山田店主に聞いてみた。
すると、ユニークな回答が返ってきた。つゆや返しは先代の時と同じ作り方をしているという。返しは生返しで、10日間くらいで注ぎ足していくそうだ。注ぎ足した直後は醤油の香りが立った状態で、それがだんだんなじんで熟成していくという。お客さんが食べに来ると味が変化していくので、それを分かりやすいように現在の熟成度をチェックして記載しているというわけである。
返しが「早熟」なら、つゆは香りが強くなる。「完熟」ならつゆは旨みが強くなる。
「その日のつゆの状態を知ってもらい注文をいただければありがたい」という。
「このつゆは新潟出身の叔父が三ノ輪橋駅前で立ち食いそば屋『雪国』をやっていた時に、先代が叔父から教えてもらった秘伝のものなんです。これだけは変えていないんですよ」と山田店主は教えてくれた。
なるほど、『ありがたいつゆだ。先代につゆを伝授した方は新潟出身だから「雪国」と名乗ったのか。それを先代がのれん分けで使ったのか』とぼんやりと納得しながら食べているとあっという間に完食してしまった。
そこで、再再度、面白い記述はないかとメニューを眺めてみた。
あった。「あつもり」(300円)という文字が目に入った。いかにも冬らしいメニューである。そばの香りと味を嗜む方におすすめだという。そこで、追加で更科そばで「あつもり」を注文してみた。
そしてそれがまた大変ユニークだった。つけ汁はかけそばで使うのと同じ温かいつゆをお椀に入れたものだ。つゆもそばも温かいタイプだという。老舗のそば屋で食べたあつもりは、麺は温かく、つけ汁は冷たい辛汁(もりつゆ)だった。「雪国」のタイプはいわゆる「アツアツ」というやつである。
登場した湯気の上がる温かいそばを、同じく湯気の上がるかけつゆにつけてすすると、そばの香りがふわっと広がった。これは暖まる。同時につゆの芳醇さが広がっていく。
これは天ぷらを併せてもうまいだろうし、麺に玉子を溶いて絡めてもうまいに違いない。そこで山田店主に「生たまご」(50円)を追加注文し、麺に落として絡めてみた。
結論から言えば、甚だしくうまい。うどんの「かまたま」っぽく玉子が絡んだ麺を「雪国」のつゆの旨さが包み込むように食べ手に訴えてくる。
師走の足立区梅島の「雪国」でささやかな至福のひと時を味わい、店を後にした。
梅島はなじみのない街だ。そういう知らない街に「雪国」がある。じんわりとつゆの旨さが広がるように、知らない街の人知れず存在する大衆そばが人の心をつなげていると思うと嬉しくなる。
写真=坂崎仁紀
INFORMATION
雪国
住所 東京都足立区梅島1-12-7
営業時間 月~土 6:30~18:30
定休日 日祝(3連休の土)
(坂崎 仁紀)