真っ暗闇の中へ一歩踏み出すと、足元で花が咲き、手元で蝶が舞う――。デジタル技術で実現した、不思議な「体験」を提供する美術館が注目を浴びている。
2018年6月に東京・お台場に誕生した「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless(森ビルデジタルアートミュージアム:エプソン チームラボボーダレス)」だ。森ビルと、アートコレクティブの「チームラボ」が共同で運営している。オープン後1年間の来館者数は約230万人。東京国立博物館や金沢21世紀美術館などに並ぶ国内トップクラスの動員を記録したという。
なかでも、外国人観光客の来館が多いことが大きな特徴だ。訪日外国人は全体の約5割を占め、160カ国以上から訪れている。アンケート調査によると、外国人来館者のうち、同館を“目的”として東京を訪れた人が5割に上るという。
わずか1年で、東京の新たな観光名所として国内外で知られるようになったのはなぜか。高い集客力の理由について、企画運営を担う森ビルに聞いた。
「今、東京に何が必要か」と新施設を企画
ゆりかもめの青海駅から、施設に向かって歩いていくと、次第に外国人の姿が増えていく。エントランスに着いたときには、平日だったこともあり、日本人よりも外国人が多いようにも見えた。訪れた人たちは、続々と入館待ちの行列に加わっていく。
外国人観光客の比率の高さについて、施設の立ち上げを担当した、新領域企画部の杉山央氏は「当初、すぐには高くならないだろうと見ていた。いずれは30%にしたいと考えていた」と話す。実際には、わずか3カ月で30%となり、今では訪日外国人の客が約50%を占める。
同館はなぜ生まれたのか。そこには、森ビルの「東京」に対する視線がある。「東京をニューヨークやロンドン、シンガポール、香港などに負けないような魅力ある都市にしていくことを常に考えている。(東京五輪が開催される)20年を目前に控え、『今、東京に何が必要か』という視点で、新しいコンセプトの施設を企画した」と杉山氏は説明する。
そのため、大手デベロッパーとして、ただ「場所を貸す」のではなく、アーティスト側のチームラボと共同で企画・運営することにした。
「分からない」「迷う」「不便」が大きな価値
展示にはどのような特徴があるのか。まず、館内には、順路表示や全体図を示すマップがない。入場すると、いきなり複数の通路が現れ、どこに行くか選択を迫られる。
何も分からないまま進んでいくと、いつの間にか暗い部屋の中に入っている。そこで立っていると、足元の床に次々と花が咲き、壁には蝶が現れる。プロジェクターで映し出された映像だ。多数のセンサーとコンピュータによって、人の存在を感知し、映像をリアルタイムで作り続けている。映像は次々と出てきて、体を包み込んでいくような感覚になる。
情報を与えないまま展示を見せることには狙いがある。「何でもすぐに調べられて便利な世の中で、『どんな場所か分からない』『迷う』『不便・不安』という体験は一つの価値になる」(杉山氏)。デジタル機器によって頭の中だけで疑似体験や問題解決をすることが多くなった今、あえて体を使って能動的に探索する体験を提供している。
しかし、そのコンセプトはすんなりと受け入れられたわけではなかった。オープン直前、関係者約1000人を招待してテストプレーを実施したところ、「すごく不評でショックだった」(杉山氏)。いきなり暗闇に放り出されることによって、「分かりづらい」「不親切」という印象を与えていた。
そこで急きょ、エントランスに手を加えた。入場待ちの列から見える場所に、コンセプトである「さまよい、探索し、発見する」という文言を掲載。入る前に施設の特性を知り、「マインドセット」してもらえるように工夫した。また、オープン後しばらくしてからは、エントランスにデジタルサイネージを設置。施設の概要を解説する映像を流している。
オープン後はすぐに軌道に乗った。料金は大人1人3200円と決して安くはないが、3カ月間は前売りチケットが毎日完売となった。チームラボの知名度が高いことに加えて、同館が提供する“新しい体験”に多くの人が引き付けられているという。また、同館を「知人からの紹介で知った」という人が多く、実際に体験した人の言葉も決め手の一つになっている。
外国人観光客にとっては「チケットの買いやすさ」も大きな要素だ。独自システムによって、公式サイト内でチケット購入ができる仕組みになっている。当日はスマートフォンで表示したチケットを見せるだけ。旅行客にとって「出発前に確約できる」メリットは大きい。
平均滞在時間は3時間 “日本の美”を感じる
同館を訪れる外国人観光客を国・地域別に見ると、米国が27%を占め、最も多い。オーストラリア10%、中国9%、タイ6%、カナダ・英国各5%と続く。近隣のアジア諸国よりも、遠方の国から訪れる人が多いことが特徴だ。「旅行に“体験”を求める人が(米国やオーストラリアには)多いのではないか」と杉山氏は見る。
体験の面白さに加えて、展示のテーマにも外国人観光客を引き付ける理由がある。同館の展示は、日本古来の“美意識”を取り入れているのだ。
館内で映し出される展示は、日本の四季折々の自然の景色や芸術作品をモチーフにしている。田園風景を映し出す部屋では、緑から黄色、赤へと色が移り変わることで、季節の変化を感じることができる。また、大きな漢字が降ってきて、そこから新たな映像が生まれる演出もある。
そういった展示が「日本らしい、と言ってもらえている」(杉山氏)。最新のテクノロジーを活用して、伝統的なモチーフの作品を作っていることから、「古い日本と新しい日本が混ざり合う、他にはない展示」という声もあるという。
さまよいながら体を動かして新しい作品を発見していく、という展示の特徴から、平均滞在時間は3時間にも及ぶ。全体の広さを把握しきれない上、一度通った場所でも、一定の時間が経過した後に通ると違った光景が見られる。作品自体が部屋を移動し、館内を巡っていくこともある。「次は何が起こるのだろう」という期待と不安を感じられることが、人気の理由の一つであるようだ。
海外の大都市に負けない街づくりへ
同館の成功は、東京の臨海エリアの活性化にも影響を及ぼしている。オープン後、最寄りであるゆりかもめの青海駅では、乗降客数が前年と比べて約1.5倍に増えた。また、隣接する商業施設「ヴィーナスフォート」を訪れた客数は約1.2倍に伸び、にぎわい創出に一役買っている。
新しい施設でありながら、メラニア・トランプ米大統領夫人や多くのハリウッドスターをはじめ、政府や東京都の関係者、教育関係者などが見学に訪れており、話題に事欠かない。
「森ビルでは、世界中から人やモノを引き付ける力を『都市の磁力』と呼んでいる。チームラボボーダレスが東京の磁力を高めることに貢献できたのではないか」と杉山氏は話す。
今後は「教育的な側面をもっと伝えたい」と同館企画運営室の高橋一菜氏は語る。「1年目はまず知ってもらうことに注力した。次の段階として、展示の意義を伝えるワークショップの開催などを検討している。違う見せ方で“深み”を伝えていきたい」(高橋氏)
さらに、同館の企画・運営で得た知見を、今後の都市開発に生かすことも模索している。
例えば、アーティストと一緒になって施設全体を企画するという手法だ。施設側が管理にばかり目を向けていると、部屋と通路の境界線を越えるようなダイナミックな表現はできない。杉山氏は「場所貸しだけをしていても、他の都市と差別化できない。行く意味がない街になってしまう。刺激的で、世界の見え方が変わるような面白い街をつくる方法として、今回のケースが参考になる」と話す。テナントとの関わり方や運営方法など、新しいノウハウを得て、他の施設の企画や運営に生かしていく。
背景にあるのは、冒頭でも触れた、海外の大都市との競争の激化だ。都市として魅力がなければ、グローバル企業に“素通り”されてしまう。「不動産業を続けていれば、一定の賃料は得られるが、新しい街づくりをしないと他の都市に負ける。東京が、グローバル企業の拠点として選ばれるように、街の魅力を高めていかなければならない」(高橋氏)
オープンからまだ1年半だが、“東京の目的地”として世界から人を引き付けることに成功した。展示の改良や施設の新たな活用によって、さらに存在感を強められるか。