寛ぎカフェに仮眠スペース……無駄に豪華なオフィスで「社員さま」化する日本人たち

最近ある会合でいくつかの大学の先生たちと話をする機会があった。大学生は昔に比べるとはるかに勉強するようになったとはよく聞く話だ。今の中年以上の世代では大学は「レジャーランド」と呼ばれ、ほとんど大学には通わずにアルバイトに励んだり、サークル活動に精を出すといったふしだらな生活を送る学生が多かった。
そこで最近の学生の真面目な生態を教えてもらおうと話題を向けると、何人かの先生から異口同音に意外な答えが返ってきた。
「そうですね。授業にはよく出てきます。真面目といえば真面目かもしれませんが、昔の学生よりできるか、といえば微妙ですねえ」
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私たちの時代には授業に出ないかわりに、試験前には真面目に出席している学生のノートをコピーし、担当教授の過去の問題を検索し、傾向と対策をしっかりと練り上げて試験を受け、何とか切り抜けたものだが、今の学生の成績は「微妙」なのだろうか。
するとある先生が驚くべき発言をした。
「最近は成績をつける際に『不可』をつけられないのですよ」
学生は「不可」をつけられると単位が取得できないので、無事に卒業するためには「可」以上を取らなくてはならない。厳しい先生や自分の理解力が足りない場合には「不可」をつけられても仕方がないのだが、それでも「不可」はご法度だという。

理由を尋ねると、「成績に対して納得できない学生が抗議にくるのならよいのですが、最近は親が抗議にくるのですよ。なぜ不可なのかいくら説明しても納得してくれない」と困惑顔で言う。
さらに、「大学側も親が抗議にくると面倒くさいので、できれば『不可』はつけないでやってくれ、と言ってきます。また、そうした学生をいつまでも大学に残しておくとトラブルを起こして面倒なので早く卒業させたい、とまで言ってくるのです」。
少子化がすすむ世の中、大学にとって学生は大切なお客様。親ともども機嫌を損ねてSNSなどで悪評を流されたり、いつまでも大学に置いておいてそれを拡散でもされたらたまらない、というのが心情のようだ。
さてこうして甘やかされ、成績についても先生から忖度された大学生は企業に就職する。受け入れる側の企業はどのように思っているのだろうか。これも最近ある会合でお会いした上場企業役員の話。
「うちは昔と比べてさほど会社の業績が伸びているわけでもないのですが、就職人気が上がってきましてね。びっくりしています」

この企業は金融系会社の子会社。業界では中堅どころだが、会社の上層部は親会社から天下ってくるので、あまりビシバシと仕事はしない。ただ給料は比較的高く、上司たちはこの会社の事業をあまりよく理解しておらず、しかも天下りばかりなのでつつがなく定年まで働ければよいと考えている者が多いので仕事はあまり厳しくないというのが、業界内での定説だ。
そこで人気上昇の理由を尋ねるとその役員は苦笑交じりに語ってくれた。
「ホワイトだからですよ。新入社員が私に直接言うのです。『この会社は給料が高くて仕事が楽だから入りました』ってね。もうびっくりですよ」
この企業ではとにかく社員に対して怒ってはいけない、ノルマを課してはいけない、残業もさせてはいけないのだそうだ。役員の大半が親会社からの天下りなので、プロパーで入社する社員のほとんどは一定以上の出世の可能性は少ないものの、就職ランキングでは人気なのだという。

パーソル総合研究所が最近、興味深い調査結果を発表した。この調査は日本を含むアジア太平洋地域14の国における就業実態、成長意識についてインターネット調査を行ったものだが、その結果、国際比較において日本の特異な就業意識が浮き彫りになったという。
高い給料をもらって働きたいという意識は対象となった14か国でほぼ一致した見解であることは至極当然のことだが、それ以外の質問項目で日本は他の国々では想像できないほどの偏った就業概念があったのだ。
たとえば会社での仕事以外で何らかの自己研鑽を行っているかとの質問では、「何もしていない」と答えた日本人の割合は46.3%にも達した。また管理職になりたい人はわずか21.4%、逆に考えれば80%近い人が管理職になりたくないということだ。独立起業がしたい人も15.5%と、調査対象国中で突出したワーストだったという。
日本人の特徴としてさらに「職場の人間関係」や「休みの多さ」「長期間働ける」ことを就業する際に重要な項目にあげ、いっぽうで女性上司や外国人と一緒に働くことを受容しない人の割合も突出して高い傾向が現れたという。

何ということはない。この調査結果は今の日本人の意識を明快に語っているようだ。仕事が楽で、失敗しても決して怒られることなく、給料は高くて、たくさん休みがもらえて、外国人や女性に厳しいことを言われることはなく、管理職などになって責任をとらなくてもすみ、自分が望むだけの期間働くことができればよいのである。
それでは現状の勤務先に満足しているかと言えば、「会社全体」「職場の人間関係」「直属の上司」「仕事内容」のすべてで満足度は調査対象国中最下位になっているのが実情のようだ。
どうやら勤務先に対する要望がめちゃくちゃ高く、そんな勤務先が見つかるわけがないから実際には不満だらけということではないだろうか。今の日本人がいかに甘ったれた就業意識を持っているかの証左かもしれない。
さて、最近の都内は新築オフィスビルの開業ラッシュだ。そして大企業の新本社も続々とお披露目され、メディアに公開されているところも目につく。そうしたオフィスを覗いて驚かされるのが什器備品家具などの内装グレードのあまりの高さである。

就業スペースの多くがフリーアドレスになっていることはともかくとして、ちょっとした打合せスペースや自由に飲み物をとれる寛ぎカフェ、仮眠がとれるスペース、シャワーブース、中にはペットを持ち込めるスペースなどを提供する会社まで現れた。
働き方改革が叫ばれる中、社員一人一人の生産効率を上げていくことが求められているが、その解がこうした寛いだり、遊んだり、ボケーとする空間の提供になっているようにもみえる。その一方で社員をエンカレッジさせるような高度な教育研修システムの採用や語学研修制度、会社の戦略を共有化するためのソフト導入などはあまり見当たらない。

そう、社員に「不可」など与えてはならないのだ。人材が不足する時代、社員は「お客様」になっているのだ。5時にはおうちにお帰りいただかなければならないのだ。高いお給料をお支払いし、決して叱ったりせず、気持ちよくお過ごしいただく。そうでないとモンスターペアレントが会社に押しかけてきて騒ぐから「面倒」なのだ。
そしてこうした“社員さま“たちをこれからは70歳、いや75歳までずっと面倒を見てあげなければならないのが日本の企業なのだ。
平成元年当時、世界の企業の時価総額ランキングベスト30に日本企業は7割の21社がランクインしていた。30年後の平成30年、ベスト30はアメリカと中国の企業が席巻し、日本企業の姿はなかった。かろうじてトヨタ自動車の35位が日本最高というのが今の日本企業の紛れもない現実だ。

こんな有様で日本は世界に伍していけるのだろうか。いままでは1億人相当の人口がいてくれたおかげで内需だけでもなんとかなった。だがこれからの日本は内需が萎むだけでなく、内需すら外国の会社に奪われていく運命にあるのかもしれない。
まるでサロンのようなオフィスで何も考えずにぼーっと生きている社員たちのなんと多いことか、とチコちゃんに叱られる日も近いのかもしれない。
(牧野 知弘)