東京都練馬区の自宅で44歳の長男を刺殺したとして殺人罪に問われた元農林水産事務次官・熊沢英昭被告(76)は11日、東京地裁(中山大行裁判長)の裁判員裁判初公判で「間違いありません」と起訴内容を認めた。検察側は冒頭陳述で、長男の家庭内暴力を恐れた被告が「これしか方法がない」と手紙に残し、殺害を決意したと指摘。弁護側は長男が統合失調症やアスペルガー症候群と診断されていたと明らかにし、被告は社会復帰に向けて支えてきたと主張した。12日に被告人質問が行われる。
紺のスーツ姿の熊沢被告は裁判長から起訴事実を問われると、小さな声で「間違いありません」と答えた。弁護側証人として出廷した妻が長男の持病に触れ、「普通の子に産んであげられなかった。英昭さんの罪を軽くしてください。お願いします」と涙声で訴えると、膝の上で両拳を握りしめ、じっと目をつぶった。
検察側の冒頭陳述によると、長男は都内の有名私立中学に進学したが、2年生になると、いじめを受け、熊沢被告と妻に暴力を振るうようになった。高校卒業後は東京・目白などの別の家に住まわせたが、ゴミをため込むなどの苦情があり、事件1週間前の5月25日に実家に戻った。その翌日、熊沢被告がゴミについて話題にすると、長男は立腹して被告に暴行。夫婦は長男を恐れ、自宅の2階で生活するようになり、殺害を決意した。
「息子を刺し殺しましたので、自首したい」。熊沢被告は自ら110番通報しており、警視庁とやりとりした際の音声も法廷内で流された。救急車を呼ぶかどうか聞かれると「もう死んでると思います」。長男の様子については「もう動かない」「これまで3~4度、殺されそうになりました」と力なく話していた。
検察側は事件前、熊沢被告が妻に宛てた手紙も朗読した。「これまで尽くしてくれてありがとう。感謝しています。これしか他に方法がないと思います。死に場所を探します。見つかったら散骨してください。長男(実際は実名)も散骨してください」。原稿用紙1枚に、直筆の手紙が法廷のモニターに映し出された。凶器となった包丁は農水省勤務時に、治水事業の記念品として贈られたものだった。
一方、弁護側は、長男が統合失調症やアスペルガー症候群と診断されていたと明かし、「被告はそれまで長男を必死に支え、大事に思っていた」と主張。被告の妻は、中学時代から1000回以上の暴力を受け、ろっ骨が折れたり、のど元にライターや包丁を突きつけられたこともあり「殺されると思った」と述べた。長男は実家に戻った後、妻と2人になった時に「お父さんはいいよね、何でも思い通りになって。それに比べて自分の人生は何なんだ」と机に突っ伏して泣いたとも証言した。長女も長男の素行などから縁談がうまくいかず、自殺したことを明かした。
逮捕された際、熊沢被告は直前に発生した川崎市の20人殺傷事件を知り、「長男が人に危害を加えるかもしれないと思った」という趣旨の供述をしたとされるが、検察側、弁護側ともに川崎の事件への言及はなかった。