生類憐(あわれ)みの令で知られる犬公方、徳川綱吉が今、マスコミなどで「名君」と呼ばれ「福祉国家の礎を築いた」ともてはやされているという。千葉県柏市在住の作家で犬の歴史を研究している仁科邦男さん(71)は、その再評価を真っ向から否定した「『生類憐みの令』の真実」(草思社)を出版した。
例えば広辞苑。第1版では「極端に走って人民を苦しめ」となっていたが、第6版ではこの表現が消え、「動物愛護の触書の総称」に転じた。研究者の再評価に基づいた記述とみられ、「誤った歴史の評価をただしたい」と在野の作家の視点で問題提起した。著書などでは生類憐みの令は当初、綱吉が生き物の命を助けて功徳を積み、嫡子誕生の願いをかなえることが目的だった。ところが晩年は地震、洪水などの天変地異を鎮め、自身の不老不死を願うためと狙いが変質。最も興味深いのは家光の四男として生まれ、本来なるはずもないのに一部反対の声を封じて将軍に。このため偉大な家康、家光を意識し家康らも成し得なかった文治主義を貫くため生類をいたわる極端な理念を庶民に強要した――と綱吉の複雑な精神状態にまで踏み込んで考察した。「原点は12歳の時の『明暦の大火』で経験した死体を見ることへの嫌悪感。決して動物愛護で行ったものではない」と話す。
もともと、大学の受験勉強中、生類憐みの令の始まりの年が諸説あることがずっと気がかりで、20年前からこつこつと文献を収集した。そのコピーの枚数は10万枚以上。29年間の綱吉の治世下で出されたお触れや処罰例、事件を調べ事実を積み上げた。新聞記者時代から犬と人にまつわる問題意識を強め、犬関連の著書はこれで5冊目。大学の非常勤講師の肩書も持ち「動物とジャーナリズム」のテーマでビートルズの歌から犬に関するお国柄の違いも論じる。柏市内の自宅では妻陽子さん(65)、オスの愛猫こゆ(11)と暮らす。動物愛護法で飼い主に終生飼養の責任が明記され、「高齢者がペットを飼いにくい時代になった」と嘆く。【橋本利昭】