自動車メーカーの安全に対するスタンスは、大別して3つあると筆者は思っている。代表的なメーカーでいえば、1つ目が米テスラ、2つ目が独ダイムラーやBMW、そして3つ目が日本の自動車メーカーだ。
1つ目は、技術の進歩最優先派だ。特に自動運転の領域などで、ベータ版技術であってもどんどん採用し、未来的なスタンスを強調する会社。テスラは、ファンの人たちから見れば、臆せずにリスクテイクをして、技術の進歩に貢献しているということになるが、懐疑派から見れば、ユーザーを実験台にしているように見える。
こういうスタンスからみたら、法律は進歩を阻害する旧態依然としたルールだし、そんなものに拘泥して技術が進歩しないことは悪である。
ソフトウェアアップデートについて知っておくべきこと
例えば、ソフトウェアアップデートは今日の世論としてポジティブに受け取られているが、法律の側に立っていえば本当はそんなに簡単な話ではない。自動車という製品は人命を危険にさらす可能性が高い商品なので、監督官庁が審査をして販売の可否を慎重に決めている。
なので本当は、審査を受けて販売が認められたクルマを、後でメーカーが勝手に「改良しました」と簡単にアップデートしてはいけない。それは審査を経ていないプログラムだからだ。パソコンだってメジャーなアップデートの後にトラブルが発生することは頻繁にある。もちろんパソコンであれば、不具合があっても命に関わらないが、クルマはそうはいかないのだ。仮に機能をアップデートしたソフトウェアを搭載するのであれば、本来は新しい型式認定を受けなければならない。
つまり、すでに型式認定を取得したクルマは、当局の行政指導によって、不具合の改修(リコール)もしくはそれに準ずるケースを除いて、新機能の追加や制御の変更はしてはならないことになっている。特に昨今、日本のメーカーがソフトウェアアップデートを適用しないことを「ユーザーサービスの軽視」と捉える向きがあるが、少なくとも国内に関しては、ルールとして本当はできないということは理解しておくべきだと思う。
法律による禁止ではなく、あくまでも行政指導という点を突いた形で、テスラはアップデートを続けているが、日本のメーカーはこれをダブルスタンダードと見て、行政の判断を観察しているところだ。許されるということならば、同様の手を打ってくるだろう。
もちろん日本全体で見たとき、慎重を期するあまり、一度販売されたクルマがアップデートを受けられないということには賛否両論があるし、部分的には筆者も同意する部分もある。技術的に可能であっても進歩させてはならないというルールは、100%合理的だとはいえない。
ただし、ルールにはルールが課せられた理由があり、それについて深い理解をしようとせずに、安易に無視する姿勢は、既知の失敗を繰り返す原因になる。本来、アップデートを可能にする新たな安全ルールを議論し、制度を刷新しながらやっていくべきではないか? そこは日本がこれからも技術先進国であるために変えていくべき部分でもあると思う。
安全と商品性の相克
2つ目のタイプは、例えばダイムラーやBMWだ。これらの会社は古くから大パワーユニットを搭載する特殊モデルを持っていたが、それらは価格も飛び抜けて高く、限られたユーザーに向けた限定モデルだった。しかしながら、いつしかそういうハイパフォーマンスモデルはどんどん増殖して、今や各モデルのトップグレードという扱いになっている。300馬力オーバーはゴロゴロしているし、500馬力級も珍しくない。そうやって強烈な馬力をユーザーに与えた上で、トラクションコントロールをはじめとする電制システムで、枷(かせ)をかける。「一応の安全対策は行いました」ということだろう。
自動運転でも同じだが、昨今のドイツ車からは、「新技術酔い」のようなものを感じることが多い。エンジニアとして新技術にワクワクしないならそれは資質的に向かないと思うが、それ以前に企業には社会の一員としての責任がある。それが第一であるはずなのに、優先順位が揺らいでいる感じがする。それが新たなテクノロジーを投入したくて仕方がないマッドサイエンティスト的なリビドーによるものか、それともビジネス的野心なのかは分からないが、筆者からは少々無軌道に見える。
ただし、ここは簡単な話ではない。クルマという商品につきまとうヨコシマな欲望を全部無視して、完全に実用機能に絞ったクルマでいいのかといわれると、それでは商品として成立しない。そうやっていけば「カーシェアで十分」という結論しか残らない。
だからおのずとグレーゾーンがあるのだが、そういう派手な商品特性を持ったクルマがマーケットを刺激し、世界経済の発展に貢献しているという面も評価せざるを得ない。
さて、3つ目のタイプだ。ここには主に日本の自動車メーカーが入ると思う。新技術については慎重な姿勢を取り、未成熟な技術の投入には良くも悪くも消極的。社会的責任を重視しているのは確かだが、一方で厳しさを増すグローバルな競争を戦っていくには余りに消極的なのではないかという面もある。
3つのタイプの中で、明らかに正しいのはどれだといえるものではない。それぞれに一長一短がある。
ボルボのスタンス
という中でボルボは少し特殊だと思っている。ご存じの通り、「安全」というキーワードは、ボルボというブランドの価値の中で大きな部分を占める。最も有名なのは3点式シートベルトの発明だが、今でも安全への努力において、極めてユニークな取り組みを続けている。
長い取り組みによって、前方衝突による死傷事故は統計的に減りつつある。それはシートベルトのみならず、衝撃を吸収しつつ折りたたまれるステアリングコラムや、エアバッグ、シートの身体保持機能など多岐に及ぶ技術的進歩の成果であるが、そうやって前方衝突による死傷事故が減ったことによって、次に傾注すべき技術の方向をボルボは真面目に研究している。
居眠り、脇見、衝突などの影響で道路を逸脱した際、クルマは道路外の地形の影響を受けてジャンプすることが多い。そういう事故が起きたとき、飛び上がったクルマが路面に衝突して、乗員の脊椎が縦方向の強い加速度にさらされ、死亡や重度の障害が残るケースが相対的に増えた。ボルボはこうした問題への対策として、シート座面を固定するプレートをクラッシャブル構造にして、脊髄に加わる加速度を軽減する新たな仕組みを構築し、2012年以降にリリースしたニューモデルに順次搭載している。
ボルボの安全開発のナンバー2であるヤン・イヴァーソン氏
ボルボはなぜ、そういう独自の安全思想を持てるのか? そして、技術の進歩と安全、商品性と安全のバランスをどう考えているのか? 折しも来日したボルボの安全開発のナンバー2であるヤン・イヴァーソン氏に、特に自動運転時代のボルボの安全技術開発と社会的責任についてインタビューした。以下は、イヴァーソン氏の説明である。
私たちがやっていることは、常に人を中心に回っています。私たちはいろいろなデータを中心に安全性に取り組んでいますが、重要なのは新しい技術や機能を受け入れる部分と、安全性能を高めるということのバランスを取っていくことです。そういった意味で、弊社は少し保守的なスタンスを取っているかもしれません。
私たちが新しい技術をどんどん出していっても、それを使う人が受け入れてくれなければ、それは失敗です。ですから、クルマと運転する人が良いインタラクションを取れるかが重要になります。
今後自動運転が新しいフェーズに入って、どんどん新しいデータが出てくるでしょう。今この時点でその新しいデータは私たちの手元にはありません。ですがこれまで蓄積してきたたくさんのデータがありますので、それを使いながら未来に向けた取り組みを、あくまでも保守的に、しっかりと着々と進めていきたいと思っています。
その上でのクリティカルなシナリオは大変重要になります。やはりユーザーの方に信頼して頂かなければならないので、だからこそ保守的に前進するというやり方をしています。
自動運転については、これまで非常に深い考察を元に取り組んできました。その中でいくつかのクリティカルなシナリオを明らかにして、それを検証し、それに対するエンジニアリングの作業を進めました。
われわれはすでに多くのデータを元に、自動運転以前で考慮すべきクリティカルなシナリオは把握しています。これが自動運転のフェーズに進めば、従来の複数のシナリオが合成された新たなシナリオができてくると思います。私たちが行っているのは、そんな合成されたシナリオを検証していくということです。
そこから生まれた手法や考え方というのは、米国の政府にも欧州の政府にもプレゼンをしています。来週は中国政府の関係者にもそれをプレゼンする予定になっています。
開発のスピードはゆっくりに感じるかもしれませんが、とても手堅く安全に進めております。
データオリエンテッドな安全技術への取り組み
イヴァーソン氏の説明を補足しよう。ボルボは長きにわたって、リアルロードでの実際の事故現場に自社の分析チームを派遣して調査し、それらをデータとして蓄積してきた。つまりこうした長年積み上げられたリアルな事故データのデータベースこそが、彼らの戻るべき原則になっている。
そうしたデータによって、リスクのシナリオを描き、また新技術によって起こる新たなクリティカルな状況を予測しながら、技術開発を行っている。
当たり前のように聞こえるかもしれないが、他社の動向や販売の数値ではなく、ブランドそのものの基礎を築くだけの事故データが膨大に蓄積されており、そこを基準にするからこそ、独自の安全思想が生まれてきていると、イヴァーソン氏は説明しているのだ。
例えば、日本で「ぶつからないブレーキ」を認可させるために、ボルボは自国の監督官庁の役人だけでなく、英国の保険会社のスタッフまでともなって、データを元に国交省を説得した。それがなければスバルのアイサイトも生まれなかった可能性が高い。データオリエンテッドな安全技術のあり方について、ボルボの方法論は非常に参考になるのではないだろうか?
(池田直渡)