何事も、良し悪しは表裏一体である。それはもちろん鉄道にも当てはまる。どこまでもつながった線路の上を走って、遠い街まで連れて行ってくれるのは実にありがたい。けれど、それは裏を返せばうっかり寝過ごすと目覚めたときにまったく知らない土地に連れて行かれてしまうということでもある。飛行機ならば寝ている間に目的地を越えて遠くまで飛んでいくことはないから、“見知らぬ土地へ連れて行く”というのは鉄道ならではの欠点なのである。
……というわけで、今回もそんな見知らぬ終着駅を訪れた。目的地の駅の名は上総一ノ宮である。JR京葉線や横須賀・総武快速線の一部が終着としている駅だ。どちらかというと京葉線のほうが上総一ノ宮行が多いので帰宅時間帯の寝過ごしも危険だが、例えば朝の8時44分に東京駅に着く横須賀線は総武快速線に直通して終点は上総一ノ宮。つまり朝の通勤電車、金縛りにでもあって途中で降りることができずに乗りっぱなしになったら、上総一ノ宮に連れて行かれてしまうというわけだ。いやはや、なんとも恐ろしい。
では、そんなげに恐ろしき上総一ノ宮駅はどこにあるのか。地図を開いて探してみると、東京からはるか東、房総半島をズバッと横断して九十九里浜にほど近い場所。京葉線の駅でも総武本線の駅でもなく、外房線の駅だ。つまり、京葉線も総武快速線も、蘇我駅から外房線に直通して上総一ノ宮駅を目指すことになる。今回は、昼時の京葉線で上総一ノ宮に向かった。
京葉線のスタートは、ご存知東京駅の遠い遠い地下ホーム。始発駅なので座ることができた。少しずつ乗客が増えてきて、新木場駅を出たあたりでは立っている人もたくさんいるくらいの混雑ぶり。そしてその半分くらいが舞浜駅で降りていった。12月の平日だと言うのに、例のテーマパークはなかなか盛況のようだ。そこから先は少しずつ乗客が減っていく。外房線に直通する蘇我駅ではもうすっかり車内はガラガラである。東京駅から通して終点の上総一ノ宮駅まで乗ろうとする酔狂な客は、筆者くらいしかいないのであろう。車窓には高い建物などほとんどなく、真っ青な快晴の空が大きく見える。
こうしてすっかり車内はがらんどうになって、東京駅から約1時間30分。目的の上総一ノ宮駅に到着した。列車が着いたホームは島式の2番のりば。そこから古びた木造の跨線橋を渡って駅舎のある3番のりばへと向かう。これまで訪れてきた終着駅はたいてい何もなく、駅舎も興味をひくようなものではなかったので、この跨線橋がいかにも古そうな設えというだけで少し期待してしまう。
上総一ノ宮駅の駅舎は、そんな期待にたがわず立派な駅であった。白い壁と褐色の屋根瓦は房総の青空によく映えて、黄色いレンガのようなもので装飾されている正面の出入り口や車寄せの柱からは他の駅とは一味違う、プライドのようなものが伝わってくる。周囲の建物と比べても背が高く、まさに堂々とした佇まいの駅なのだ。調べてみると、この誇り高き駅舎ができたのは1939年のことだとか。房総半島には古い木造駅舎が多く残っているが、そうした中でもひときわ古く、ひときわ立派な駅舎であろう。
そして駅の目の前には地域色の強い飲食店や土産物店にタクシー会社。すこし歩けば一宮町の観光協会などもあった。そしてさらに先に一宮の中心市街地が広がっている。
“一ノ宮”という駅の名前からわかるとおり、上総一ノ宮駅はかつての上総国一ノ宮である玉前神社の鎮座する町にある。玉前神社の祭神は玉依姫命。言わずとしれた神武天皇の母で、すぐ東に広がっている太平洋からこの地に上陸したという伝説も伝わっている。戦国時代に社殿が焼け落ちたという記録があるようで、少なくともそれよりはるか前からこの地に鎮座する名社なのである。一宮の町はこの玉前神社を中心に、江戸時代の一宮藩の城下町としても栄えたようで、駅からすぐの中心市街地はそうした門前町・城下町にルーツがあるということか。玄関口たる上総一ノ宮駅が堂々たる面構えで建っているのも、町の歴史を知れば納得がいく。
で、そんな立派な玉前神社で見かけたのが「波乗守」と名付けられたお守り。玉依姫命が波に乗って海から上陸した伝説に由来する……とあるが、それにしても珍しいお守りである。一体なんだろうと思って、市街地で見かけた地元の人に聞いてみると、「ああ、ここってサーファーがよく来ますからね」。また別の人に声をかければ、「昔からよく来ていたんですけど、最近はまた増えましたねえ。オリンピックがあるからでしょう」。
不勉強にしてまったく知らなかったが、上総一ノ宮駅のある一宮はサーファーたちが集まる聖地のひとつなのだとか。2020年の東京オリンピックではサーフィン競技の会場でもあるというから、ホンモノである。実際、線路を挟んで駅舎や中心市街地とは反対側の海に向かって歩いていくと、サーファー向けのショップや飲食店、宿泊施設などがいくつもあった。そして海沿いに出てみると何人ものサーファーの姿。そのひとりに聞いたところ「電車で来ることはないですねえ」。まあ、サーフボードを担いで通勤電車に乗るわけにもいかないので無理はないが、少なくとも一宮がサーファーの町であることは間違いなさそうである。玉前神社の波乗守も、一宮がサーファーの町であることにちなんだのが本当のところのようだ。もしかしたら、玉依姫命は日本初のサーファーだったのかもしれない。
改めてサーファーの町であることを知って駅に戻ると、たしかにそういう節は駅の中にもあった。駅舎自体はともかく、1・2番のりばのある島式ホーム中央のガラス張りの待合室は、座席の背板がサーフボードになっている。オリンピックもやってくるのだからもっと盛り上げてもいいと思うところではあるが、ホームから海側に直接出られる新たな出入り口が目下工事中。来年6月にこれが完成すれば、もっとオリンピックムードも盛り上がるのだろう。
……と、ここまで上総一ノ宮駅と一宮を歩いてみて気がついたのだが、これではなんの終着駅らしさもないではないか。これまでの“謎の終着駅”というのは近くに車両基地が広がっているだけで、取り立ててなにもないことが特徴であった。それが、上総一ノ宮駅には車両基地がないかわりに歴史やサーフィンがある。まるで立派な観光、リゾートの駅である。
帰宅時に寝過ごしてやってきたらさすがに絶望感はあるが、朝の通勤時に“わざと”乗り過ごして上総一ノ宮にやってきたら、なんだか日頃のストレスから解放されて楽しい1日になってしまいそうである。それはそれでいいのだが、なんだか終着駅の旅らしさがいまひとつ。でもまあそれもそのはず、東京からはかつての“国”で言えば下総を抜けて上総までやってきている。終着駅もここまで突き抜けて果てまでくれば、見知らぬ土地も悪くはない。
写真=鼠入昌史
(鼠入 昌史)