スクランブルだ、テラスだ、ストリームだ、フクラスだ、ソラスタだ、と続々再開発ビルの産声があがり近頃喧しいのが渋谷だが、渋谷と並ぶ代表的な副都心といえば池袋。地味ながらどっこい、池袋が最近がんばっている。
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池袋のイメージといえば「ダサい」が定番。おまけに治安が悪い、風俗街がキモい、道が汚い……。東京人の多くが池袋と聞いてなんとなく思い浮かべるのがこうしたあまり「よろしくない」イメージだ。
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池袋は戦後の闇市の整備が遅れたことが最初の躓きだった。1950年代頃から駅周辺には木賃アパートが密集し、淀橋浄水場の跡地を超高層ビル群に変貌させた新宿や、東急電鉄という大地主により計画的かつ積極的に開発が行われた渋谷に対して、池袋は常に後塵を拝してきた。
それでも高度経済成長時代以降、拡大する人口の受け皿として池袋を起点とする西武池袋線、東武東上線沿線の人口が急増。池袋駅は都内に通勤する勤労者が乗り換える一大ターミナル駅へと成長してきた。JR駅別乗客数ランキングでも池袋駅は1日平均で約56万人が利用、新宿に次ぐ地位は不動のものだ。70年代には駅西口に東武百貨店、東口に西武百貨店という、なんだか道に迷いそうなアクセスながら大型商業施設が店舗を構え、沿線住民の消費を支えてきた。
だが、渋谷が東横線や田園都市線でお洒落でセレブなイメージを、新宿が中央線、京王線、小田急線、西武新宿線によって高級住宅街のイメージを作り上げていったのとは対照的に、池袋は埼玉県の住民が多く集まったことから「ダサイたま」といって揶揄されるイメージが重なり、「埼玉県の植民地」などと言われるようになったのだ。
埼玉県民御用達の街・池袋に転機が訪れたのは、86年のJR埼京線開通だった。それまで埼玉県の沿線住民は、東京の各所に出るためには必ず池袋駅で一旦乗降していた。必然として、そうした人たちが駅構内や周辺で買い物をすることで池袋の発展は支えられていたのだが、この路線の開通によってストレートに新宿や渋谷と繋がってしまったのだ。
さらに2004年には湘南新宿ライン、2008年には東京メトロ副都心線が開通。特に副都心線は渋谷と池袋を繋ぎ、東武東上線や西武池袋線と相互乗り入れで直通運転を行ったために、埼玉県民は池袋をスルーして新宿や渋谷に出てしまうのではないかと危惧された。
さらに池袋に対する危機感が露わになったのが2014年、池袋が属する豊島区が日本創成会議から全国に896ある「消滅可能性のある自治体」の一つに名指しされたことだ。
この状況の背景として指摘されたのは、池袋周辺のマンションが投資用の狭小ワンルームマンションばかりでファミリーが住めず、単身者も結婚をすると池袋周辺には適当な部屋がないので区外に脱出してしまうといった悪循環の存在だった。
そこで豊島区は2004年に狭小住戸集合住宅税を導入して、マンションで戸当たり面積30平米未満の住戸を作る場合には、戸当たり50万円を徴収することにした。しかしこれだけでは効果は少なく、2014年には一定規模以上のマンションの新築にあたって、住戸面積は最低でも25平米以上とすることを条例で定め、事実上ワンルームマンションを作らせない措置に踏み切った。
しかし、既に建ってしまっているワンルームマンションに集まったのは外国人で、その多くが中国人だ。池袋周辺のワンルームマンションは、平成バブル期にサラリーマンなどの節税用投資マンションとして販売されたものが多い。初めのうちは学生や若いサラリーマン層が入居していたが、建物の老朽化や競合の激化を背景に次第に競争力を失い、賃料も5万円から6万円程度に落ち込み、やがて外国人が好んで住むようになったのだ。
2018年における豊島区の新成人のうち外国人が占める割合は38%にも達し、駅北口には中華料理店が林立、怪しげな風俗店も軒を連ねるチャイナタウンとなっている。
だが今、こうした池袋の負のイメージを払拭しようと官民挙げての再開発事業が続々立ち上がっている。まずは「官」である豊島区。16年4月には南池袋にあった公園を全面リニューアルし、広大な芝生広場が誕生した。さらにRACINESというお洒落カフェをオープン、人々の憩いの場を演出。これまでの暗くて汚い公園のイメージを一新した。
さらには19年11月16日、池袋西口公園がリニューアルオープンした。池袋西口公園といえば、90年代終わりからベストセラーになった石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』シリーズの舞台。ナンパの聖地というありがたくない名前を持った公園が、屋外シアターを備えた劇場公園へと姿を変えた。公園には直径35mの「グローバルリング」と呼ばれるリングゲートが設置され、豊島区が標榜する「国際アート・カルチャー都市」の拠点となる。
東口側の整備も急ピッチですすむ。旧豊島区役所庁舎跡には、国際戦略特区に認定された再開発事業で建てられたHareza(ハレザ)池袋の3棟の建物のうち、東京建物が運営するブリリアホールなどが入居するホール棟ととしま区民センターが11月にオープンした。1フロア400坪から500坪に及ぶ大規模オフィスや、映画館TOHOシネマズが入居するハレザタワーは20年7月に運用が開始される。この街区には中池袋公園が整備され、映画やライブを楽しんだ人々が集う公園として位置付けられている。
区ではさらに、サンシャインシティ東側の旧造幣局の跡地で、20年春の完成を目指して防災公園を整備している。これらの4つの公園をつなぐ交通として「イケバス」と名付けた16人乗りの低速電気自動車の運行も開始。ななつ星in九州の車両をデザインした水戸岡鋭治氏によるかわいらしいバスがエリア内を走り回る。
「民」の動きも活発だ。19年4月に駅南口で西武ホールディングスが新本社ビル「ダイヤゲート池袋」をオープン。西武線の線路をまたぐビルとして、鉄道ファンの目線をくぎ付けにしている。7月には東池袋1丁目で東急不動産が建設運営する、12スクリーン2500席のシネマコンプレックス「グランドシネマサンシャイン」などから成る商業施設「キュープラザ池袋」もオープン。ハレザタワーにできるTOHOシネマズと並んで池袋は映画村の様相を見せ始めている。そのハレザタワーの開発運営には東京建物、サンケイビルが参画する。
駅西口で開発準備がすすむ「池袋駅西口地区市街地再開発準備組合」には三菱地所、三菱地所レジデンスの2社が事業協力者として選定されている。この計画は駅西口の東武百貨店を含め開発面積4.5ヘクタールにも及ぶ大規模再開発で、高層ビル3棟や駅前広場の整備が掲げられている。
また西池袋1丁目ではロサ会館を含めたエリアの再開発事業のための準備組合も設立。開発予定地の北側を文化娯楽ゾーン、南側を国際ビジネス交流拠点と位置づけ、20年春の都市計画決定を目指している。
官民挙げての再開発機運で盛り上がる池袋だが、いっぽうでどうしても渋谷や新宿のような街にはならないような気がしてしまうのは私だけだろうか。区が掲げるアートもカルチャーも池袋に持ち込むとなると、どこか猥雑なイメージを想起してしまう。オープンしたHareza池袋周辺を歩き、中池袋公園を訪れても、公園の周辺はラブホテルや風俗店の看板が目につく。
渋谷にオープンした高層ビルにはグーグルやミクシィ、サイバーエージェントなどの高感度テナントの名が並ぶが、ハレザタワーは開業が半年後に迫る中、ネットサイトではいまだに10フロア5000坪程度の床を募集している。今後も駅西口に高層ビルが建設されるというが、テナント像がイメージしづらいのが実感だ。
『翔んで埼玉』の植民地、池袋がどのようにして羽ばたくのか目が離せない。
(牧野 知弘)