すっかり日本でも定着したフィンテック(FinTech)という言葉。これは、どのようにして始まり、どんな文脈の中で動いているのか。金融庁の「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」メンバーでもある、マネーフォワードの瀧俊雄取締役に、フィンテックの潮流を聞いた。
「シリコンバレーがやってくる」
フィンテックという言葉は、2014年の暮れくらいから検索などで増えてきました。大きな流れは海外から来て、この時期くらいからジワジワと上がってきたんです。このトレンドは他の国でも変わりません。
15年春に、JPモルガンCEOのジェレミー・ダイモンがさらっと「シリコンバレーの競争力が高い」と株主向けのレターを出しました。「シリコンバレー・イズ・カミング」という内容で、シリコンバレーから、ユーザー体験を提供したりイノベーションを起こす流れが起きていると書いてあるのが話題になりました。
でもよく見ると、レポート内での文字数は多くなくて、年次報告書の1パラグラフだけ。分野はかなり限られています。シリコンバレー・イズ・カミングといっても、ビッグデータを使って信用創造し融資をやっているという話くらいです。それでも、「私たちも彼らに負けないようにやっていきます」というジェレミー・ダイモンのコメントもあり、こんな小さな段落に世の中がけっこう動揺しました。
JPモルガンほどの人たちがこういうことを言い始めたということは、何かあるぞ、と。国際金融的な話題として、トップの金融機関がこういうことを意識し始めたのですから。
ほかにも、決済の分野で競合がやってきたということも書いてありました。ビットコインがまだすごいと言われていたタイミングでしたが、「PayPal的なものが決済には来ている」「PayPal口座をみんな持っていたら米国の全銀ネットのようなシステムが代替されるよね」、などです。
こっちのほうがむしろ取り上げられてもよかったのですが、世の中の多くは「シリコンバレー・イズ・カミング」というタグラインですごく盛り上がりました。「シリコンバレーがやってくる」と訳した人もいて、ビートルズみたいですよね。これがエポックメイキングな出来事でした
14年の夏から始まった日本のフィンテック
この当時、日本は特にそうですが、テクノロジー産業は受託中心で、開発は委託して作ってもらうものだという発想が強かった時期です。
14年の夏に、日本では金融庁の金融審議会で「決済業務等の高度化に関するスタディ・グループ」というのができて、その会期の途中段階からフィンテックという言葉を使うようになりました。最初は決済業務などの高度化の話で、「全銀ネットの今後はどうなるのか」といったテーマの検討から、だんだんITを活用した新しいサービスの内容のほうが強くなっていきました。これが日本で報告書上に登場してきて、センチメントとしては温まってきたんです。
このときの金融庁の狙いは、必ずしも、フィンテックという流れを作るというものではありませんでした。世界の法制度が新しいことをやっているのに、日本はこれでいいんでしたっけ? というニュアンスが込められていました。やるべきことが決まっている検討から始まっていたんですが、最終的には、このスタディグループは銀行法の改正につながっています。銀行の子会社の扱いや出資規制を緩めて、フィンテック企業へ5%以上の出資が可能になったのがトピックでした。
米国で進行した銀行の危機感
まとめると、この時期からフィンテックについての話が始まりました。その前から、米国ではピア・ツー・ピア融資というのが流行り始めていて、最大のものがレンディングクラブでした。米国では、10年代初めは融資が滞っていたんですね。そこで、「お金を持っている人が借りたい人に貸せばいいのでは」という発想が出てきました。
本来、こうした事業は国がコントロールしてきたのですが、逆に「規制下にある銀行業だけを頼りにしていては黒字倒産の中小企業が出てしまう」という声もあった。そこでインターネットを使って、ヤフオクみたいな形でお金を借りるということが起きていました。その人たちが銀行にライバル視されたのが14年なんです。
日本もそうですが、海外も金融のキモって銀行業なんです。そのとき、銀行業が他産業をライバルと捉えることってなかなかありません。基本的には銀行は規制業種で、認可を受けるところに限られた権益みたいなものがあるからです。でもピア・ツー・ピア融資は、そこをひっくり返して話が進むということで盛り上がったんです。
米国はもともと70年代から、銀行の機能を証券会社が代わったり、住宅ローンを(窓口は銀行ですが)年金や個人が貸したりということがずっと続いていたんです。
でも銀行業務の最初のフェーズである「融資」というところまでピア・ツー・ピアでやり始めたので、「銀行は面を取られるよね」と言われるようになりました。
機能の提供側と、第三者が提供するサービスという世界観
銀行側は、「面を取られるんじゃないか」「土管になってしまうんじゃないか」という恐怖がありました。土管とは、入口と出口のサービスを他に押さえられ、銀行には情報の流通機能だけが残ることを指します。銀行業が機能的に閉じている限り、土管になるし、機能じゃなくて体験を提供するものであれば面を取れる。
体験を作るのはすごく難しいので、UberのようにPDCAをオープンにして高速で回している人たちだけが体験を提供できるんです。でも機能は、専売特許というかライセンスが必要なものなので、銀行とサービス開発企業が貸し借りみたいな関係を何年もかけて、なんとなく認めてきた。それが銀行から見たときのフィンテックです。
サービスを開発する企業は、悪意をもって銀行を土管化しようとしているわけではありません。
例えばiPhoneでは、「メールソフトはGmailのほうが便利だ」と思う人もいて、ユーザーはAppleのアプリをあまり使いません。結局、AppleやGoogleが作るのは「機能」で、その上で動くアプリは第三者が作ったほうが便利になるんだという世界観があります。
こうした世界観が金融に適用され始めたというのは、とても大きな変化です。「誰がアプリを作るか分からないじゃないか」みたいな話になりますが、それを政府なり消費者なり、銀行なりがどう受け入れていくかという過程が、フィンテックだということです。
(続く)