乳がん、長女失踪、孫娘を養子に…激動乗り越え 64歳ご褒美のモデルデビュー

大阪市のホテルで19日に開かれるチャリティーイベントに、乳がんを経験した女性19人がファッションショーのモデルとして登場する。その一人で、告知から20年の節目を迎えた河野一子(こうのかずこ)さん(64)=同市=はがんに立ち向かっただけでなく、8年前に失踪した長女(36)の代わりに双子の孫娘(16)を育ててきた。「自分へのご褒美」として、華やかな舞台を歩く。
同市西区のセレクトショップ「IZA」が毎年、ザ・リッツ・カールトン大阪(同市北区)で開くイベント「イザピンククリスマス」。今回は歌手の中島美嘉さんやモデルの冨永愛さんらが出演する。2014年、イベントに招待された乳がん患者会の代表から「モデルとして歩きたい」と声が上がり、治療中や再発・転移のない「乳がんサバイバー」によるファッションショーが17年から定番になった。IZAの田中タキ代表は「元気に歩く姿は人の心を打つ。病気で闘う人の励ましになる」と話す。
河野さんは今回が初参加で、友人に誘われたという。1999年に乳がんが見つかった当時、高校1年と小学4年の娘2人を育てる専業主婦だった。手術や放射線治療、抗がん剤治療、ホルモン療法を受ける間、家族に弱音を吐けず、インターネットで同じ境遇の患者を探して回った。
乳がんの患者会や、ネットで体験を発信する患者はまだ少ない頃。自分でホームページを作り、乳がんについてとことん調べて情報発信した。ネット上で患者会を設立し、講演会開催などの活動を始めた。再発せず、10年が経過した。

そうした日常も2011年3月に激変した。長女は双子の美葉(みは)さんと愛葉(あいは)さんを連れて再婚し、2歳の三女と夫の計5人で暮らしていたが、ある日勤務先から帰ってこなかった。
長女の夫にだけ届くメールで、人生をやり直すつもりだと分かった。約1カ月後、メールもなくなる。夫は三女と実家に移り、小学2年に進級した美葉さんと愛葉さんは河野さんが引き取ることになった。
河野さんは2人と一緒に泣いた。「大人の都合でこんなに傷つけてしまった。私が強くなってこの子たちを守り、幸せにする」。覚悟を決め、名実ともに母になろうと2人を養子にした。全力で接し、駄目な時は怒り、良い時は褒める。授業参観は10分ごとに教室を移動した。「子育てにエネルギーは必要だったけど、苦労ではなかった」
その年の夏ごろから、金曜は3人で夜更かしをした。日付が変わる頃までベッドのそばで話をする。なぜお母さんはいなくなったのか。どうして預かろうと決意したのか。どんな問いにも、河野さんはごまかさずに知る限りのことを伝えた。愛葉さんは「おばあちゃんなのか、お母さんなのか、どっちとして接したらいいかしばらく分からなかった。いろいろなことを教えてくれて、『これをしたら悲しむな』とか思うようになった」と振り返る。
小学校高学年の頃、呼び方が「おっきママ」から「ママ」に変わった。河野さんは「やっとママになれたんやな」と胸がいっぱいになった。「『すぐ泣く』と言われるから、涙はこらえたけれど」と笑顔で話す。
河野さんはショーに備えてプロのモデルから歩き方の指導を受け、自宅でも練習を重ねる。美容師やメーキャップアーティストになる夢を持つ美葉さんは「講演会などの仕事をしている姿を見るのが好き。モデルもかっこいいと思う」と応援する。
河野さんは言う。「一晩だけシンデレラになれると考えると、わくわくする。病気や家族のことなどしんどかったけど、20年生きてきた自負がある。人生を諦めなかったことに対して、ご褒美をもらう気がする」【根本毅】