ベンチャー企業のように社長が創業者かつオーナーである場合、トップダウン型のマネジメントが一般的だ。トップダウンの良い点は、何より意思決定が早いことである。ベンチャー企業や中小企業が大手企業に対して優位に立てる点は、このスピード感にある。
一方で、組織が大きくなるにつれ、トップダウン型のマネジメントには限界が生じる。有名な「グレイナーの成長モデル」で言うところの「統率の危機」がこれに当たる。トップ1人による統率が限界をむかえ、組織が機能分散し、それぞれの組織を指揮するリーダーが必要となる。
しかし、この段階でつまづき、成長が鈍化する企業は少なくない。多くのケースで、「責任と権限の委譲」がうまく行かないことがその要因となっている。本コラムでは、トップダウン型組織からの脱却を図ろうとする組織の変革ストーリーを取り上げ、組織が成長ステージを上がるためのカギを考えていきたいと思う。
変革前の藤堂システムズ
8年前に大手アパレルメーカー向けCXプラットフォームサービスをスピンアウトする形で創業した藤堂システムズ(仮名)。アパレル業界はEC化が遅れており、今後の伸びが期待される分野であったことに加え、元々大手アパレルメーカーと取引を持った状態でスタートしたため業績は順調に推移し、売り上げ30億円、社員数約40名の規模に成長した。IPOも視野に入れていたが、競合も増えてきておりサービスが乱立、CX(顧客体験)プラットフォームだけでは新規顧客の獲得が難しい状況にもなってきていた。
そこで、新たに顧客接点の全てを一元管理できるサービスを開発し、アパレル業界以外への展開も視野に入れさらなる拡大を目指すことにした。新サービスは競合も多くスピーディな拡販と機能拡大が必要とされ、既存サービスとは動き方が変わるため、事業部制を導入しサービスごとに戦略を立てられる体制をとった。それに伴い、経営企画室長だった遠藤(仮名)を新サービス事業部の部長にし、既存事業部には外部から新たに部長を採用した。
しかし、新たな体制は順調には進まなかった。新規事業部門を任された遠藤は、社長に対して不満を抱えていた。社長は「リーダーシップを発揮してほしい」というが、経営企画会議でたびたび事業プランを提案しても、毎回社長に否定され戦略が定まらない。そんな状況に遠藤は「事業部長という大きな責任を負わせられる一方で、十分な権限が与えられていない」と感じていたのだ。
加えて元部下からは、「新しく来た部長は優秀なのは分かるが、前職ではこうだった、これが正しいという持論を振りかざしてばかりで、現場は結構不満を募らせえている」と聞かされ、「遠藤さんにうまく取り持ってほしい」と相談されていた。
事業の方向性が決まらないことで、明確な目標設定ができないまま走っている中、既存のやり方を否定する新部長への批判の声も相まって、新体制に批判的な社員も目立つようになってきた。
課題は「トップと幹部の目線合わせ」と「権限移譲」
問題の一つに、責任と権限の不一致がある。長らくトップダウンで組織を引っ張ってきた藤堂社長はその限界を感じ、自身の独壇場ではなくガバナンスのきいた法人格になる必要があると考えていた。だからこそ幹部に「事業部長」という責任あるポジションを与えたのだが、目指すゴール地点に到達するスピードを重視するあまり、つい口出ししてしまうのである。
つまり、与えている「責任」に見合うだけの「権限」を結局のところ委譲できていない。結果として幹部は、責任を負う意味を見失い、組織変革は進まずにいた。
こうした問題に対しては、意思決定のあり方を見直すことで解決を図る必要がある。事業部長自らが現状の問題点、課題、それに対する有効な施策案を提示し、社長個人ではなく、共通の判断基準に基づいて意思決定していくことで、透明性があり納得度の高い事業運営スタイルに昇華されていく。こうした経営会議のトランスフォームにより、徐々に本当の意味での「責任と権限の一致」が実現されるだろう。
もう一つ重要なことは、トップと幹部メンバーとの目線合わせである。おそらく、幹部のスピード感は物事を早く進めたいトップからすると非常にもどかしい思いも感じるはずだが、トップと幹部が繰り返しコミュニケーションを取る中でピントやスピード感が合っていく。自分と共通のビジョンや時間軸を持った経営幹部人財を何人育てられるかが、組織のステージを一段上げる上では最優先課題と言えるだろう。
変革の第一歩としての経営会議の刷新
藤堂社長はある日、同じく企業経営者である友人に悩みを打ち明けた。「事業部制を引いて幹部に事業を任せようと思っているが、なかなか思うようには進んでいかない」と。
「いきなりうまくはいかないのは当然だ。今までお前が全て意思決定してきた会社だろう。突然責任を持たされても、たいていの社員は困惑するだけだ。でも、その中でも必ず見込みのあるやつは一定数出てくるはずだ。それまで何度も会社の目指すビジョンを言い続けたり、自分がいつもどういう思考回路で意思決定しているのか、ちゃんと伝え続けないとダメだ。そうでないとまた逆戻りしてしまうぞ」
友人から掛けられたその言葉に、自分が焦り過ぎていたことに気付かされた。そこで、まずは経営会議のあり方を見直すことにした。これまでの「役員会」を改め「幹部会」の形にし、役員しか参加できなかった会議に、部門の責任者クラスも参加できるようにしたのだ。その上で、その運営スタイルも大きく変えた。
その初回には、藤堂社長から改めて将来ビジョンとIPOに向けた決意を伝え、だからこそ外部から幹部人財を向かい入れ、新しい血を加えてレベルアップを図っていきたいと考えていることを話した。さらには、幹部会では各部門に対する細かい指摘ではなく重点方針に対する期待とアドバイスのみに心がけ、今までのような幹部からの意見に対して否定的な発言も控えた。
こうした変化に、遠藤の心境にも変化が現れ始めた。
「今回の社長の決意は固い。IPO自体は自分たちにとってもポジティブな側面が大きい。だからこそ新たな目標に向けて一致団結してがんばりたい。今回のこの体制で確実にIPO準備を進めていけるよう、自分が新しい幹部メンバーとの緩衝材になっていかなくてはいけない」
その後、遠藤は緩衝材としての役割を果たすべく、現場と外部から来た優秀な幹部との橋渡し役として奔走した。
さらに藤堂社長の新たな取り組みは続いた。幹部会も定着してきた中で、「トップレビュー」というマネジメントスタイルを取り入れたのだ。トップレビューは月に1回行われる、社長と部門長の1対1によるミーティングだ。今期の戦略方針や事業計画の進捗を確認しながら、今取り組むべき課題は何かのすり合わせを行う場である。
重要なのは、社長が指示命令を出す場ではない、ということだ。あくまでも部門長自らが現状を定量的、定性的に報告し、それをどう捉えどう改善していきたいと考えているかを相談することが基本となる。社長はあくまでも客観的にアドバイスする立場を貫き、部門長自身に意思決定をさせなくてはならない。
「この3カ月で、KPIに設定してた半期の新規アカウント開拓目標の60%までクリアできています。新規の顧客開拓は順調です。一方で課題は……」
最初は頼りなかった遠藤の報告や相談も、最近ではKPIに基づいた的確な報告と問題の抽出ができるようになり、議論すべきテーマにずれが生じにくくなった。
本ケースからの学び
藤堂システムズの変革は、権限委譲しきれない社長と、事業責任を負いきれない幹部との対立に端を発していた。優秀な幹部陣がいない、もしくは外部から登用してもうまく生かしきれず、辞めてしまうということを何度か繰り返していた。
しかし、事業部長たちに権限を与え、リーダーとしての責任意識を自覚させることができれば、正しいマネジメントを学ぼう、取り入れようという積極的な意識が働く。これまでは、新しいやり方を押し付けられるのを嫌がっていたメンバーも、目的を理解しやるべきことが分かれば、行動は変えられるのだ。まずは社内の意思決定のあり方から変化を起こしていくことが、一つのきっかけになることだろう。
(大島奈櫻子)