「自然の中で子育て」を謳う移住支援はニッポンの「絶滅集落」を救うのか?

”子供が1人も産まれない町”でいま起きているニッポンの田舎「絶滅の兆候」 から続く
2018年、1年間新生児が生まれなかった町、山梨県南巨摩(みなみこま)郡早川町。
町役場を訪れて、総務課の宮本高広さん(48)に話を聞くと、人口減少対策として町が取り組んでいる“秘策”があるという。
「早川町は人口の半分近くが高齢者だし、若い人は多くありません。でも、2013年に国立社会保障・人口問題研究所が出した推計では、2020年の早川町の人口は886人とされていましたから、現時点で1051人というのはよく踏みとどまっていると思います。なんとか千人を超えているのは、『山村留学』の影響が大きいと思います」
山村留学とは、小学校1年生から中学校3年生までの義務教育期間の子どもに対して、1年以上の期間、「留学」と銘打って、町内の学校に転校して通わせることができる制度だ。2003年にスタートした。
「自然体験活動を充実させる学校のカリキュラムの強化などと併せて、早川町で義務教育にかかる費用を無料化したのは2012年からでした。以来、『子どもを自然の中でいい環境で育てたい』という子育て世代が東京を始め町外から流入しています」(宮本さん)
給食費、教材費から修学旅行の費用まで無料となる。親子での移住が条件になっているが、山村留学する世帯のための専用住宅まで整備されている。町独自に教員も採用し、手厚い学習指導も売りだ。

2012年には6世帯14人が流入するなど、これまで34世帯57名がこの制度を利用した。うち4割以上が東京からの世帯、4分の1は山梨や静岡、長野といった周辺の県からの世帯だ。
早川町教育委員会の佐野正昭教育長(63)によれば、受け入れ体制・教育の強化によって、早川中学校は全生徒20人中9人、早川南小学校は全児童23人中6人、早川北小学校は20人中11人と、半分以上が町外の児童で占められているという。
「もちろん絶対数は多くはないので、部活動を例にすれば、運動部は陸上やテニスといった個人競技だけですし、音楽部でも1桁しか部員がいないことだってあります。
でも、少人数制できめ細かい指導や独自のカリキュラムが組めるので、のびのびと成長していく子どもも多いんです。2017年には部員10人の音楽部が山梨県吹奏楽コンクールで金賞を取ったこともありました。部員5人の今年も県で銀賞です」
町外から来たという30代の女性に会うことができた。4人の子どもたちの洗濯物を取り込みながら快活に笑う彼女から、この町での生活をきいた。
「私は関東出身で、色々住んできましたが、この町は子育てしやすい環境ですよ。もちろん不便は不便ですが、家庭菜園をやったり子どもと本気になって山遊びができる。町でオムツは売ってないけど、いまはAmazonで頼めばいい。近所のお年寄りには、子供が三味線を習ったりしていますよ」

飲食店に勤める40代の女性も、町での子育てのメリットを語る。早川町出身だという彼女は、町外で結婚後、また早川町に戻ってきたという。
「子どもは明らかにこっちに来てから変わりました。積極的になったし、部活動も頑張るようになった。この町では水道は共同管理なので水道代はかからないし、そもそも家賃も安いから、都会の人が思うよりも生活している感覚としては割と豊かなんです」
そのほかの子育て世代に聞いても、「この町に来て、子供たちがいきいき生活している」など、良い話しか出てこない。
子育て世代の満足度は決して低くないが、出生数はこの30年、年10人を超えない。山村留学の成果もあって、もう少し増えても良さそうなものだが、なぜ出生数に直結しないのか。早川町教育委員会の笠井和人さん(51)は次のように説明する。
「山村留学生の約6割はお父さんが都会に残って働いています。職業選択の幅がどうしても都会の方が広いですから、保育園や幼稚園の世代は定着しません。実際、外から来る人にも『職場まではこちらも紹介できません』と伝えています。
今どきですから、なかにはパソコン1台あればどこでもできるというスキルや手に職を持った親御さんもいますが、経験が浅い若者には厳しい職環境であることは否定しきれない。町から“消えた”のは子どもというより、若者かも知れません」
ただ、町役場の宮本さんは、早川町でも人手不足だと打ち明ける。

「私自身、町外から移ってきましたがこうして役場で働いています。森林組合で働いたり、郵便局、給食センターや介護施設、会社で事務をやっている若者や山村留学生の家族もいます。町内で自分の会社を興している人だっている。都会に比べてバリエーションは豊富ではないかも知れませんが、この町も人手不足ですから働き口がないわけではないんです」
「山村留学」で子どもたちに一時的に滞在してもらっても、父親世代に選ばれる働き場の少なさがボトルネックになって移住にまでは至らない。つまり、町の“秘策”も出生数を増やすことには役立たっていないのだ。
早川町役場企画振興課の一部として開設され、現在は町内でシンクタンクとして町が抱える課題に対する調査研究をしているNPO法人「日本上流圏文化研究所」の上原佑貴さんはいう。
「移住検討者とも面談することはありますが、簡単に考えない方がいいですよ、とはいっています。東京ならマンションの隣人の顔を知らないで済んでも、ここでは集落の会費の徴収もあるし、水道の管理も共同でしないといけない。町の祭りの仕事もある。何かと集落の区長と話しあう必要もある。
のんびりしているようで、意外と忙しい。ですから、最初から『家賃の相場はどうですか』とお金の話を聞いてくるような人は、『この町で暮らすイメージがまだわかないんだ』と思ってしまいます。
私も町外から引っ越してきましたが、緑豊かな自然の中で子どもをのびのびと育てることもできるし、集落で助け合う楽しさがあるのは確か。決して理想郷ではないですが、そういうところに目を向けて、この町の価値を感じてもらえれば嬉しいですね」

いま早川町では、全長25キロの南アルプストンネルなど、リニア新幹線の工事が急ピッチで進められている。さらに、中部横断自動車道の工事や、ダムの補修などで町に出入りする建設業者は多い。
町役場が2015年に作成した「早川町人口ビジョン」ではリニア新幹線の関係工事だけで300人以上の流入を見込んでいたが、実際に住民票を移した工事関係者は50人程度だったという。高度成長期の公共事業と同じく、一時的な効果にとどまっている。
夕暮れ、取材を終えて一本道の山道を降りていると、道路は真っ暗だった。昼間は街灯の少なさに気付かなかったのだ。時折すれ違う対向車のドライバーは、みんな作業用のヘルメットをかぶっていた。この町にリニア新幹線が通るころ、町並みにはどんな景色が広がっているのだろうか。
(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)