元衆院議員で農林水産大臣や防衛庁長官などを務めた玉沢徳一郎氏(81)が盛岡市内の自宅で銃撃され、足にけがを負った事件。逮捕された容疑者は玉沢氏との間に金銭トラブルがあったと供述する一方、玉沢氏からは金銭トラブル関係のコメントは発表されていない。このため、関係者の間では金銭トラブルについて、さまざまな憶測が出ている。
銃撃通報せず
玉沢氏は昭和44年、47年の衆院選で落選。51年の衆院選で初当選を果たし、通算9期務めた。平成6年に自民、社会、さきがけ3党連立の村山富市内閣で防衛庁長官として初入閣。11年には小渕恵三内閣で農水相を務めた。19年に不正経理問題で自民党を離党。翌年に復党したが21年の衆院選には出馬せず、政界を引退していた。
銃撃事件が起きたのは12月10日。岩手県警によると、同日午後2時10分ごろ、玉沢氏を撃ったと話す男が盛岡東署に出頭。回転式弾倉に空の薬莢(やっきょう)と実弾1発が入った拳銃を持っていたことから、県警は銃刀法違反の現行犯で、出頭してきた岩手県奥州市の農業、高橋脩(ひさし)容疑者(82)を逮捕した。玉沢氏は撃たれながら、110番通報をしていなかった。
高橋容疑者が銃撃の動機として供述しているのが「金銭トラブル」。2人をよく知る人からは、「確かに金銭トラブルはあった」との声が上がっている。
2人を知る関係者は…
「金額がいくらだったかは分からないが、高橋容疑者から支援を受けていたのは確かだったと思う」
こう話すのは、昭和47年当時に秘書だった男性。さらに、「高橋容疑者は当時、盛岡駅前で不動産会社を経営していて、羽振りも良かった」と語る。
だが、初当選した51年以降の選挙では支援を受けていないという。経営していた不動産会社もバブル崩壊のあおりを受けて倒産。「平成8年ごろに強行に返済を求めてきたので追い返したんだ」と話す。
また、玉沢氏を少年時代から知る元支援者の男性は「昭和47年ごろ、『高橋さん(容疑者)に1千万円出してもらった』と玉沢さん本人が言っていた」と話す。
さらに、「このころ、パーティーで高橋容疑者に会ったときに聞いたんだ。『1千万円出したのか』と。そしたら『出したよ。方々から借りて。当選したら必ず返すということだったから。でも、なかなか返してもらえない』と愚痴られた」と当時を振り返る。
高橋容疑者と同姓同名の人物が平成27年に告発サイトを開設。「昭和44年に選対の事務局長を務め、47年に選挙資金として1千万円を貸したが返済されていない」とつづっている。
事実の解明は
関係者の話などから、玉沢氏と高橋容疑者の間にカネのやりとりはあったようだ。ただ、これが金銭貸借なのか、政治資金の提供なのかははっきりしない。
高橋容疑者は平成26年に1千万円の返済を求めて盛岡地裁に提訴している。しかし、地裁は27年、2人の間に貸借があったのかを判断せず、請求にかかる時効の成立を認めて、高橋容疑者の訴えを棄却した。
足に全治2週間のけがを負い入院中だった玉沢氏は14日、岩手県警を通じ、「多くの市民の皆様の平穏な生活に多大な脅威と不安を与えた」と陳謝した。
さらに、捜査にめどがついた段階で、自らの見解を述べるとのコメントを発表。玉沢氏はどんな見解を示すのか。