「北斗星」の現状に失望と期待 鉄道クラウドファンディング“成功の条件”とは

北海道新聞が12月8日に報じた記事によると、北海道北斗市で保存されている寝台特急「北斗星」の客車をゲストハウスとして活用すべく、認可取得などの準備が進んでいるという。1人用と4人用の個室を15室用意し、洗面所やシャワーを使えるように約500万円かけて改装する。使用料金はどちらも1室1万円。予約はAirbnbを介する。収益は車両の補修費用に充てるという。

これはとても良いことだ。修復費用のためにクラウドファンディングを募るという案もあるだろうけれど、すでに一度車両保存のクラウドファンディングを実施している。それでは補修作業のたびにクラウドファンディングを繰り返すことになる。何年か後に朽ちると分かっているものに投資したい人はいない。それに比べて、保存車両の事業化は正しい。知恵と手間をかければ目的は達する。その良い例になればいいと思う。

傷みがひどくガッカリした「北斗星」
2019年9月、北海道北斗市の北斗星広場を訪れた。寝台特急北斗星の客車を見て、傷みが進んだ姿に驚き、ガッカリした。私はこの車両を保存するためのクラウドファンディングに参加した。しかし、こんな醜態をさらすために資金援助したつもりはなかった。こんな状態を予測できたら参加しなかったと思う。私の見識不足だ。

客車内にはクラウドファンディングに参加した人々の名前が掲示されている。そこにはもちろん私の名前もある。鉄道史としても、旅行文化としても価値があると考えて参加した。ここに掲示された名前は、この客車の価値を理解し、保存に貢献した人々。ここに掲載されることは名誉の証になるはずだった。しかしどうだろう。今となっては、この醜態さらしに加担したわけだ。

塗装が剥げ落ち、錆だらけの車体を眺めると、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。自分の浅はかさを恥じるだけではない。私はこのプロジェクトに賛同し、これを含めて鉄道車両保存のクラウドファンディングを紹介する記事をいくつか書いた。北斗星に関していえば、JR北海道が諸事情で自前の博物館を持てない状況で、有志が解体から救ってくれたと称賛さえした。その記事を読んでプロジェクトに参加した人もいらしたことだろう。本当に申し訳ない気持ちである。

周辺整備より補修が先ではないか
実は、クラウドファンディングに成功した後のプロジェクトの動向に違和感があった。客車が廃校のグラウンド跡地に設置された後、ここで何が行われたかというと、地元有志と北斗市の支援で広場が整備された。現地に行くと、客車の手前に大きな花壇が作られている。そこは花で埋め尽くされていた。とても良い景色だけれど、花を維持するだけでもそこそこの費用と労力が必要なはずだ。

しかし、なぜ、広場の整備なのか。客車を覆う屋根をつけて、痛みを少しでも遅らせるほうが先ではないか。あるいは、錆が浮き、傷んだ塗装を修復するほうが先ではないか。北斗星を見に来る人々は、花ではなく客車を見に来るのだ。傷んでいく車体のそばで花壇作りなど、発想がお花畑だ。

北斗星を見に来る人々をもてなすために、小さなラーメン屋とカフェが作られたらしい。「らしい」という理由は、現地に行ってみたけれど、営業していなかったから。午後2時過ぎに訪れて、客車を外から中から見物し、帰りに寄ろうと思ったら閉店してしまった。午後3時に閉店するそうだ。分かっていたら先に寄ったのに。

車体の修復と屋根の設置が先ではないか。北斗星の客車そのものに見る価値がなくなったら、広場も花壇も商店も存在価値がない。ただ、公衆便所だけはありがたかった。客車内のトイレは使用禁止だったからだ。

「ネクストゴール」で補修をする約束だった
この客車を保存するクラウドファンディングプロジェクト「解体の危機にある27年間愛された寝台列車『北斗星』を守りたい!」は、当初1000万円を目標として始まった。その使途は、客車1台の移送費と設置場所の土台や線路の敷設費だった。そして予定通りの賛同者が集まり、もう1台追加するために、プラス250万円のネクストゴールを設定。これもクリアした。しかし、プロジェクトはさらに、1600万円の新たな目標を掲げた。その理由を以下に引用する。

応援コメントでもご要望の多かった保存後の維持をしっかりとしていくために、さらにネクストゴールとして1600万円を目指すことにしました。

維持費に関しては委員会でも当初から必要なものだと考えていました。しかし、まずはなによりも車両の保存が優先ということで、車両の保存を目指してクラウドファンディングをさせていただきましたが、全国からの想像を超えるご声援に、皆様に甘える形となりますが、せっかく北斗星を保存するなら最良の状態で保存しよう、皆様に見に来ていただいたときに喜んでいただけるようにしようと決意いたしました。

この最終目標には届かず、プロジェクトは総額1588万5000円で終了した。1600万円には届かなかったけれども、2台の車両移送費と設置費用を差し引いて、338万5000円の維持費が残った。この費用で車体全体の補修はできない。屋根をかけるにしてもこの金額では足りない。ホームセンターのカタログを見ると、一般家庭のクルマ1台分程度だ。結局、協議の結果、客車の屋根全体を補修した。ここから雨漏りすれば、現状は無事に済んでいる客室も傷んでしまう。

北斗星車両保存プロジェクトは、時間の経過とともに違和感が募り、現地に行って後悔した。しかし、それを胸の内にしまわず記した理由は、このプロジェクトに新たな動きがあったから。それが冒頭に記したゲストハウス構想だ。この改装費用こそクラウドファンディングに適していると思う。1泊宿泊できる権利をリターン品として用意してくれるなら参加したい。応援したい。

福岡市の20系客車プロジェクトは長期的な展望が必要
もう一つ気になったプロジェクトがある。福岡市の貝塚公園にある寝台客車の修復プロジェクトだ。この客車はJR九州が福岡市に貸与している車両だが、公園内に放置されたまま手入れが行われず、やはり朽ちていく一方だった。それを見かねた高橋竜氏が、2012年に自費で修復を願い出て、塗装と内外の修繕を実施した。

それから7年、再び傷みが目立っている。しかし当時と違って自己資金は尽きていた。そこで、クラウドファンディングによる資金提供を呼びかけた。そこまでは理解できる。しかし、ここで小学5年生のS君が旗振り役として登場する。ここに違和感を持った。

「わざわざ子どもを担ぎ出す必要があるのか」

個人的な感想だけど、テレビCMで子どもを使う手法は好ましくない。子ども向けの商品は分かる。オムツのCMの赤ちゃん、お菓子や玩具のCMは子どもが喜ぶ様子が好ましい。しかし、子ども向けではないCMに子どもを出すやり方は、母性、父性をくすぐるズルイ方法だと思う。今は放送されていないようだが、ある電器店のCMで、少女がしなを作っていた。その表現にどんな意味があるのか。

特に近年の政治的な場面で、子どもが主張する手法が痛々しい。反戦メッセージの作文を扇情的に読み上げる中学生とか、環境問題で過激な発言をする少女、彼女に感化されてメッセージを掲げて電柱に上った少年。彼女や彼の本心だろうか。周りの大人がそそのかしているのではないか。大人に利用されていると知らずに演じているのではないか。

私の偏見だと自覚しつつ、子どもを前に出すクラウドファンディングは見送ろうと思った。子どもを出すかどうかも理由だが、こちらも屋根を付けないプランだ。つまり、今回は成功しても、また7年後に同じことを繰り返す。もともと保守修繕は、同じことを地道に繰り返す作業だとは思うけれども、それができないならば、デジタルな資料として残し、解体してもいい。きれいなままの思い出を残したい。

正攻法で説明責任を果たすべき
このプロジェクトについては、関係者から事情を聞く機会があった。まず、実質的な発起人は小学5年生で間違っていないという。資金を集める枠組みである以上、大人が主催者になる必要がある。だから、大人が子どもを担ぎ上げたように見えてしまったかもしれない。これは表現方法の問題だ。事実はどうであれ、やはり大人が前に出た方がいい。もっとも、プロジェクトは成功しているので、邪推したのは私だけで、多くの人々は真意をくみ取って参加したといえそうだ。

屋根のない、刹那的なプロジェクトに見える点についても事情を聞いて納得した。かなり特殊な事例で、車両の所有者はJR九州、土地の所有者は福岡市。つまり、他人の物だけに勝手に触れないし、他人の土地に勝手に屋根を建てられない。なんとかお願いして補修させていただく、というわけだ。なんとかお願いするなら屋根を作らせてもらうお願いにすればいいと思ったけれど、あの公園の用地自体に改修、用途変更の構想があるようで、新たな建造物の許可は出ない。期間限定で許可が出ても、取り壊されるかもしれない。

それでも補修プロジェクトを立ち上げた理由は、将来的にこの客車を買い取って移設したい、あるいは自治体に働きかけて、適した場所に移設してもらいたいからだという。このまま放置して傷みが進めば解体案が浮上する。しかし、市民が大切にしてきたとなれば、解体より移設を優先して検討してくれるだろうと期待している。例えば、中部国際空港に展示されているボーイング787型機のように、空港や駅などが建て替えられるとき、ロビーに置いてもらい、カフェとして営業できたらいい。

夢物語かもしれないけれど、将来のために解体を避けたい、せめて今から補修だけでもしておきたいというわけだ。なるほど、そこまで聞いて納得し、私もクラウドファンディングに参加した。ただし「それならそうと説明してくれたら、もっと賛同者は集まっただろう」とも思う。私のようなひねくれ者が他にもいて、財布のひもを固く閉じていたかもしれない。

将来を見据えたクラウドファンディングを
価値ある車両を保存したい。そのために応援してほしい。それで賛同者は集まるだろう。しかし、車両保存はゴールではない。永遠に続く維持補修作業のスタートだ。そこを見据えないと、車両は朽ち果て、初志も応援した人々の気持ちも無駄になってしまう。デジタル映像やVRなどの新たな技術があるいま、ハードそのものを残すことにどれだけ意味があるか。後先を考えない車両保存プロジェクトには慎重にならざるを得ない。

車両保存に限らず、廃駅の保存や活用など、鉄道分野のクラウドファンディングは定着しつつある。観光分野に広げると、自治体の計画や構想にはじめからクラウドファンディングを盛り込んでいる事例もある。企業や自治体は資金を集める手段を持っていそうなものだけど、正攻法ではなく他力本願。打出の小槌だと思っているようだ。

クラウドファンディングサイトにもいろいろあるようで、成功の可能性、社会的意義をきちんと審査しているサイトもあれば、何でもあり、当たって砕けろといわんばかりのサイトもある。鉄道分野に限らないけれど、クラウドファンディングは資金を集める以上は「事業」だ。継続性を考慮して実施してほしい。参加者も一時の情に流されず、将来性を考慮して慎重に参加を見極めたい。成功したところでプロダクト側が持て余したり、参加者が後悔したりという悲劇は避けたい。

(杉山淳一)