「サンタクロース、いつまで信じていた?」誰しもが話題にしたことがあるこの質問、発達心理学を切り口にすることで驚きの発見がありました。三重大学教育学部幼児教育講座の富田昌平教授にうかがいましょう。
──先生の研究内容について教えてください。
乳幼児の心理学、保育学が専門になります。個人の研究テーマとしては子どもの想像力やファンタジーの発達。主には3歳~6歳あたりの子どもを対象にしての実験や観察、インタビューなどを行っています。
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テーマが子どもの想像やファンタジーですので、たとえばサンタクロースを子どもはいつぐらいまで信じているのかを調べるために子どもたちを個別に部屋に呼んでインタビューします。
「サンタさんに会ったことがある?」と聞いて子どもが「会ったことある」と答えたら「どんなサンタさんだった?」「どこで、どのようにして会ったの?」などを聞いて、出会ったサンタクロースの詳細を聞き、その後に「そのサンタさんって本物だと思う?」と聞くんです。さらに、「本物には会うことができると思う?」とか、「どうしたら会えると思う?」と聞くんです。
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「会ったことがない」と言った子どもにも「じゃあどうやったら会えると思う?」と聞いて、サンタクロースに会える可能性を聞いていく中で、子どもがどう回答したかを分析してその子どもがサンタクロースをどの程度信じているかを明らかにしていきます。
幼稚園の年中さん、小学校1年生、3年生を対象にしたんですけれど、幼児期の子どもはサンタクロースを大体信じているんですね。小学校1年生でもほとんど信じていて、それが小学校3年生になると急に信じる子どもが減っていくという結果が出ています。
「どうして一晩で世界中の子どもに配れるの? 配れるわけないじゃないか」「どうやって空を飛ぶんだ」「鍵が掛かっているのにどうやって入るんだ」とか論理的に解決しない課題に目を向けるようになって、そのような変化が小学校3年生ぐらいに訪れるというのが明らかになったことでしょうか。
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実際にクリスマス会などでサンタクロースに対する子どものかかわりを観察していると、1歳児クラスの子どもたちはサンタさんが登場しても何のことかわからず、ぼーっとしているんですね。
4歳になると、この人はプレゼントをくれる人だとわかっているので、サンタさんがやってくるとサンタさんの前に整列してプレゼント待ちをするようになってきます。
5歳になると、「本物のサンタさんなのか?」と疑いの目を向けはじめるので、サンタさんが現れると後ろに回って偽物であることを見破ろうとしはじめるんです。
このように5~6歳になると現実的になってきます。
ほかに、手品を見せてどういう反応をするのか、怖いもの見たさの心理や怖いものをあえて見ようとする心理を調べます。
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怖いけどこれは見せかけの怖さに過ぎないという虚構と現実の区別がつくようになると、「怖いけど見せかけだから」ということで楽しめるようになってくるんですね。手品も不思議だけど見せかけのエンターテイメントだからということで楽しめるようになってきます。
そのような発達の変化を実験や観察、インタビューを通して調べています。
──4歳と5歳で大きく変化するということですが、その違いは何ですか。
物事には多様な側面があるけれど、子どもはその多様な側面を受け止めることができないんですよね。物事の一つの側面だけを捉えてしまうという傾向が幼い子どもほどあって。
サンタクロースを例にすると、3~4歳の子どもは大人の扮装したサンタクロースの表面だけ見てしまうんですね。見かけを見て「これはサンタにそっくりだ! ということはサンタに違いない!」と思ってしまう。
3、4歳の子どもにサンタの正体を明かさないように…… Photo by iStock拡大画像表示
ところが、5~6歳になってくると一つの側面だけに捉われることがなくなってくるので、「この人はサンタの格好をしている。たしかに見かけはサンタにそっくりだけど、サンタではないかもしれない。ただのおじさんがサンタの格好をしているだけなのかもしれない」と物事を多面的に見ることができるようになる。これが5~6歳の発達で、4歳と5歳の違いと言えるかなと思います。
──研究していく中で面白いと感じるのはどのような時ですか。
僕の研究は想像やファンタジーという子どもの明るい側面、面白い側面に焦点を当てているので、実際に実験や観察、インタビューをしていて大人ではありえないような反応を子どもがするというのが面白いところなんですよね。
たとえば、「大きくなったら何になりたい?」と質問した時に3歳の子は面白い反応をするんですね。どういうことかというと、「バナナになりたい」と言う子がいるんですよ。食べられて終わりじゃんと思うんですけど(笑)。
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研究をしていて面白いのは子どもの微笑ましい姿にかなり頻繁に出会うということですね。
最近の学生の卒論でやった研究なんですけれど「恐竜の卵」という実験で、実験者のお姉さんが、 “おばあさんが昔、山の中に散歩に行った時に大きな卵を発見して、もしかしたら恐竜の卵じゃないかと思って持ち帰ってみた。それで卵を撫でながら「恐竜さん出てこい!」と言うと、本当に卵がパカッと割れて恐竜が出てきたんだ” という話を子どもにするんですね。
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その後に「じつは最近、私の友達が同じ山に散歩に出かけて、この卵を拾ってきたんだよ!」と大きな恐竜の卵を子どもに見せるわけですね。これは作り物なんですけど。でも子どもは「わ~!」っと完全に本物だと信じ込むわけです。
子どもを部屋に一人で残してその恐竜の卵と子どもだけにした状況で隠しカメラでその行動を観察してみるんです。あらかじめ聞かせたお話の中では、3回拍手して卵を撫でながら「恐竜さん出てこい!」と言ったら恐竜が出てくる、と教えているんですね。
そうすると、何人かの子どもは同じように試すんですね。何人かの子どもは完全には試そうとはしないんですよ。気になって試してみたくはなるけれど本当に出てきたら怖くて仕方ないから完全には繰り返さないっていう(笑)。
このような個別の子どものあり方の面白さというのに出会えることが、この研究の良さと言えるかなと思いますね。
──お子さんがいらっしゃるそうですが、子育てにおいて先生が研究されている内容を活かせた場面はありましたか。
日常的に活かせるというか、興味を持って面白がって子どもと関わることはよくやるので。子育てをしていて面白いと思うのは子どもを怖がらせてその反応を見ることですね。
たとえば、鬼から電話というアプリがあって、最近子どものしつけによく使われているみたいなんですね。アプリを起動させると電話の音が鳴って「はい、もしもし」と鬼の恐ろしい声が聞こえるんですね。
最初は鬼の背中だけが画面に映って、最後に振り返って「こら~!」と怒鳴りつけるというね。恐ろしいアプリなので好きか嫌いかと言ったら好きじゃないんですけど。リアルすぎるというかね。子どもにあまり逃げ道を与えていない感じだから。
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こういう発想を普段の子どもとの遊びに取り入れています。
子どもが3歳ぐらいの時にトイレに行っても流さずに出てくるんですよ。「流しなさい!」と何度も言うんだけれど流さずに出てくるから「鬼さんに電話するよ!」と言って手を電話のようにして「もしもし鬼さんですか? うちの子がまたおしっこ流さなかったんですよ。ちょっと来てくれますか?」と。
あきらかに電話ではなく手なんですけど。2~3歳の子はこれだけで鬼さんに通じていると思っちゃうんですね。だから、「やめてやめて!」と必死に嫌がるというね。同じことを5歳ぐらいの子にやっても「もうお父さんわかったから」と冷めた感じなんですよ。
そういう反応の違いを踏まえた上でやってみると「やっぱりそうなんだな~」という風に楽しめますね。
──鈴鹿サーキットと三重大学で共同開発された「ぶんぶんばちひろば」やキッズプール「アドベンプッチ」について意見を出されたそうですが、それぞれどのような点を重要にされましたか。
ああいう施設というのは子育て支援にメリットがあるんですね。お子さんを育てている親御さんが必要としているのは子どもを安心して遊ばせることができる場所なんですよね。
鈴鹿サーキットさんがプレイパークのような遊び場を作るとなった時に、遊園地で楽しむことが難しい3歳以下の子どもたちが楽しめるような環境・空間がどのようなものなのか、子どもたちに付き添っている親御さんも過ごしやすい空間はどのようなものなのか。この2点についてアドバイスをしました。
鈴鹿サーキット内のクリスマスツリー Photo by PhotoAC
操作をするのは難しく、頭で楽しむというよりは体で楽しむ年齢なので、指先を動かしてみたりダイナミックに手足を動かしてみたり。そういう風に楽しめる空間、なおかつそのパークの中に親が過ごせる空間が必要かなと思います。
今の親御さんはSNSに写真をあげて楽しむことが多いので、それができるような設計にしたほうが良いとか、SNSに写真を載せて広まっていくことで「鈴鹿サーキットってこんな良いところがあるから行ってみよう!」となると利益が上がりますよというような形で助言をさせてもらいました(笑)。
プールも、基本的には親も子どもも楽しめるということと、「アドベンチャー」、「冒険」、「探検」というコンセプトがあったので、その3歳以下用のプールというのはどういうものなのか、それを保証する環境はどのようなものなのか、どのように工夫すれば良いかをお話させてもらった感じですかね。
──今までさまざまな研究をされてきたと思いますが、一番印象に残っているのはどのような研究ですか。
人に話しやすいのはやはりサンタクロースですかね。サンタの研究は僕が卒業研究でやったものなんですね。その後も長くやってきて、いまだにまとめたりしている研究ですね。
サンタクロースという話題は初対面の人とでも盛り上がるというのを聞いたことがあって。
サンタクロースの話題は誰しも子どもの時に共有していて、ドキドキワクワクしたという感情体験とともに経験している。「あれってどうだったんだろう?」という疑いや、「でも本当に違いない!」と信じる気持ちなど、かなり揺さぶられながら経験していて。しかも誰しもが経験している。だから大人になっても生き生きと語れることのできる話題なんですよね。
授業なんかで最初自己紹介する時に、サンタの研究のことを話すと学生の食いつきはいいですね。幼児期から児童期にかけての子どもの発達の特徴をわかりやすく描くことができるし、学生たちも自分の子どもの時と重ね合わせながら「ああ、そうだったかもしれないな~」とか「やっぱり子どもっていうのは面白いな~」と思うことができる話題なので、サンタクロースの研究は一番思い入れの深い研究かなと思いますね。
──サンタクロースに対する印象は今と昔で変わったと思いますか。
変わらないんじゃないかと思いますね。そういう比較の仕方はしたことがないのでわからない部分もあるんですけれど。
今のほうが子どもたちにしっかりプレゼントをあげている。つまり子どもたちの希望に沿ったプレゼントをあげているところが以前との違いかなと思いますね。
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今の子どもたちは、親世代がサンタさんに希望に沿うプレゼントをもらって嬉しかったという経験をしているから、より子どもの希望に沿うように子どもが何をほしがっているのかを日常会話の中で調査してから、予算の範囲内のものをあげる。こういったことが今と昔の違いかなと思いますね。
ちゃんとした調査をしていないからはっきりとは言えないけれど、印象としてはそういうことが言えると思います。
──今後どのようなことを研究していきたいと考えていらっしゃいますか。
今いちばん関心を持っているのは「怖いものを楽しむ」という遊びですね。怖いというのはネガティブな感情なので、子どもをむやみに怖がらせるのはだめだろうという論調もあるんですね。だから、むやみに怖がらせるのはよくない、怖がらせるのは大人が楽しんでいるだけじゃないか、という批判はこれまでにもあったんだけれど、怖いものはとても魅力的なんですよ。
何でかというと謎めいているからですね。謎めいているものというのは常に未解決だから常に子どもの中に不安定な状態で残されるんですね。
実際に、幼稚園や保育園で怖いものを想像させたり登場させたりすると、子どもの興味関心はすごく持続されるんですね。いつまでも未解決だからずっと気になって仕方がない。
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しかも「怖い」というのは強い感情なので子どももすごく共有するんですね。共有して「よし! 怖いものをやっつけよう!」と一体感ができやすい。
たとえば、怖いものから挑戦状のような手紙が来て成し遂げる実践は保育の現場で多いんですけれど。集団としての一体感もあるしそれを乗り越えることによって達成感を味わえるので、それが子どもの自信につながっていくといった利点があるんですよね。
だから「怖い」という見かけのネガティブな部分に捉われずに、怖いもの楽しむ実践に意味があるということを、実験や観察、インタビューで証拠を示して現場に広げていきたいなと思っています。
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富田昌平(トミタ ショウヘイ)三重大学教育学部幼児教育講座教授専門分野:発達心理学、保育学現在の研究課題:子どもの空想世界とその認識発達、子どもの遊びと指導、保育者養成と現職研修〈「三重大Rナビ」より作成。元記事はこちら〉