人生、「永遠の未完」のススメ 又吉直樹さんー五木寛之さん世代差対談

デビューから半世紀、作詞、ラジオ、対談など多岐にわたる活動を続ける五木寛之さん。3作目の小説『人間』を刊行したばかりの又吉直樹さんは、お笑い芸人であり芥川賞作家。人気作家二人が世代を超えて語り合う、「二足のわらじ」のどちらも脱がない生き方。
十何年か前にニアミス
五木 僕は十何年か前に又吉さんとニアミスしたことがあるんですよ。
又吉 どちらででしょう?
五木 たしかNHKで、本に関する番組だったと思う。又吉さんが書店員役で、そこに僕が客として来るっていう設定で。結局流れてしまったんですけどね。
又吉 そうだったんですね。まったく知りませんでした(笑)。
五木 まだ、又吉さんが『火花』を出す前の話ですから。「本好きの芸人さんがいる」と聞かされて、いま思えば又吉さんだった。昔、僕も構成作家で芸人さんのコントをよく書いてたことがあってね。NHKの「歌謡寄席」という番組で、名前は秘密だけど、いまは大御所になったあるタレントさんに、「漢字にフリガナがふってないから、このライターはダメだ」なんて叱られたことがありました(笑)。
又吉 フリガナがふってないだけでですか?
五木 そう。チクショウと思って、今度は「山」とか「川」にも全部ふった(笑)。そしたら、怒ったねえ。「俺が高校中退だと思ってバカにしてんのか!」って。
又吉 優雅な復讐(ふくしゅう)ですね(笑)。
五木 当時の構成作家ってすごく地位が低かったんですよ。「日本放送作家協会」に入会しようと思ったら、構成作家はダメだって断られた。

又吉 放送作家じゃないんですか?
五木 ドラマの台本を書く人が放送作家であって、構成作家は違うんだそうです。
いろんなことをやるのが作家
又吉 五木さんでもそんな時代があったんですね。『作家のおしごと』を拝読して、本当に様々なものを書いてこられたんだなって。
五木 コラム、ルポルタージュ、番組台本の構成、CMソングの作詞……八百屋さんみたいにいろいろな品を扱いながら、そのまま来ました。以前、ある直木賞作家にアドバイスを求められた時に、その人は芸能界に深く関わりのある人なんだけど、「作家になったからって、(芸能関係の仕事を)やめないほうがいいよ」と言ったことがあります。「足を洗うな」って(笑)。だから、又吉さんみたいな人が現れたことが、僕にはとても嬉(うれ)しかった。
又吉 ずっと思っていたことの答えを『作家のおしごと』の中に発見できて、僕も嬉しかったです。普段、取材とかで「芸人なんですか? 作家なんですか?」って何度も聞かれるんですよ。答えはここに書いてありました。いろんなことをやるのが作家やって。
五木 又吉さんの『人間』の中にも、芸人が小説を書くことについて、「仮にもコントを10年以上作り続けてきたわけで、いままで何千人という架空の人物を自由に動かして、喋(しゃべ)らせてきたんやから、どの職種の人より物語との距離は近い」という一節がありましたね。いい心意気だと思いました。
又吉 昔、短編小説を書いていた時期に、ピン芸人のお笑い大会があって、でも僕はコンビで活動してるので出なくていいなと思っていたんです。そしたら後輩の芸人に「出ないんですか?」と言われて、「いま、別の書き仕事をしてるし、出えへん」と返したら、「又吉さん、逃げるんですか?」って――。

五木 ほう。
又吉 それを言われた直後、すぐマネジャーに電話して、出ることにしました。これ(短編小説)とそれ(お笑い大会)は等価だってことを証明したくて、小説の冒頭を一人コントにして、準決勝までいったんです。
五木 それは凄(すご)いね(笑)。
又吉 書いたものがいつでも舞台でも立ち上げられる、ということはわりと常に念頭に置いています。
五木 ドストエフスキーって人はえらく朗読が上手だったそうですよ。あまりにも感動的な朗読なので、しょっちゅうお座敷がかかったと。彼自身、そこで拍手をもらうのが好きな人でもあったんでしょうね。こまめに朗読会に出てるんです。
又吉 自分の小説も朗読していたんでしょうか?
五木 そうです。自分の小説も読んで、会話も声色を使い分けていたらしい。若い娘さんの台詞(せりふ)は、女声でやったんでしょうね(笑)。ロシアには「詩は読むべからず、歌うべし」という伝統がありますから、当時は小説も「読む」というよりは、耳で「聞く」のが盛んだったんでしょう。
又吉さんは朗読が好き
又吉 僕も朗読が好きで、原稿を書くと、近くにおる友達か、その時付き合っている彼女に読んでみるんです。向こうが黙読しようものなら、「いや、俺の声で聞いてくれよ」って(笑)。
五木 自作を?
又吉 はい。朗読好きが高じて、出版していない小説や、それ用に書き下ろした文章を持って、全国で朗読会を開いたりもしています。
五木 ああ、それは楽しいだろうね。いまでもドイツやフランスでは、夏休みに作家が4、5人で図書館や大学を回って朗読会を開く習慣があるらしい。オーサーズ・サーキットとか。まあ作家のライブだね。そう、朗読もいいんだけど、僕はいろいろある仕事のうちでいちばん大事にしているのが、実は「対談」なんです。自分のことを対談師と自称しているくらいで。又吉さんと僕はいくつぐらい離れているんだろう? 僕は1932年の生まれですけど――。

又吉 僕は80年生まれです。差は……(計算して)48歳。ほぼ半世紀ですね。
五木 48歳差か。でもなんとなく違和感がないのは、又吉さんが古風な教養の持ち主だからかな。『人間』の中に出てくる作家の名前が二人あって、一人は太宰治、一人はドストエフスキーですね。まさに太宰とドストエフスキーとの血脈のつながりを感じる点は、これは対話小説なんだよね。つまりモノローグじゃない。下北沢の酒場で影島と永山という二人の男が延々と会話をする場面がありますね。ページを数えたら、42ページあった(笑)。368ページの小説のうち42ページ、ワンカットで話し続けている。これはドストエフスキーの小説の体質なんです。一見、離れた太宰とドストエフスキーがつながっていて、僕は非常に面白く読みました。
又吉 ありがとうございます。
五木 僕らが学生の頃はね、ドストエフスキー派とトルストイ派という対立があった。同時に太宰治と坂口安吾という対立もあって、僕はトルストイ派で、坂口安吾派だった(笑)。
又吉 僕は太宰とドストエフスキーのやや過剰でありすぎるところや、みっともなさも含めて惹(ひ)かれるんです。彼らに比べると、トルストイや安吾は少しカッコよく見えてしまって――。
五木 でも、安吾もあれでいろんな面があるんですよ。晩年に住んでいた家の前に打ちっぱなし場があって、そこで盛んにゴルフの練習をしたとか(笑)。トルストイだって、非常にステータスがあり、尊敬もされているふうに見えるけど、実はノーベル賞をもらえそうになって受賞の挨拶(あいさつ)まで熱心に練習したのに、もらえなくなったり。

又吉 そんなことが(笑)。そういえば僕も、三島賞の候補になった時、発表の日にいちおう会見の可能性も考えて、普段着ないようなジャケットを着ていたんですけど、「ダメでした」って聞かされて、そっと脱いでバレへんようにリュックに詰めたことがあります。
五木 ハハハハ(笑)。だから、トルストイがロシア文学のオーソドックスで、ゴーゴリやドストエフスキーが少し異端っていうのも、そう単純じゃないと思うんです。僕は、どちらかと言うと偽悪者よりは偽善者に関心がある。
又吉 なるほど。
ドストエフスキーに会ってみたい
五木 野坂昭如と僕とのお約束というか、対立軸も、「俺が偽善者をやるから、お前は偽悪者をやれ」っていう役回りでした。
又吉 そういう対立になると、偽悪者のほうが強そうですね。
五木 よく言われた(笑)。でも野坂には、「俺は都会人だけど、あんたは九州の田舎者だからしぶといんだ」とも言われたな。そんな相方もいなくなって、ホント困ってるんですけどね。対談師としての僕は、こうやって又吉さんとお会いすると、これは又吉直樹という本を読むのと同じなんです。生きた本を読んでるようなもの。だとすると、ドストエフスキーだって、生きていたら会って対談してみたいですよね。
又吉 ええ、会いたいですね(笑)。五木さんは、読者が五木さんに対して持つイメージについてはどう考えていますか?
五木 昔は最初から、演じている部分もありましたから。初対面の読者には、「あれ? もっと背が高くて大きな人かと思いました」とよく言われたな(笑)。読者ってそういうところがあって、僕も初めて松本清張さんにお目にかかった時、「あ、こんな小柄な人だったのか」と思ったもの。

又吉 ドストエフスキーも背の高い印象がありますけど、165センチ前後なんですよね。ちょうど僕と一緒ぐらいで。
五木 チェーホフは『桜の園』とかを読むと、痩せた堀辰雄みたいな人を想像するけど、実際は190センチぐらいあった。その点、又吉さんは人前に立つ仕事もしているので、そこの誤解は少ないでしょうね。僕が勝手に又吉さんに期待するのは、二足のわらじのままでいてほしい、ということです。それができれば、絶対に面白い。
又吉 自分でもそう思うんです。ただ、取材などで「両方やります」と答えても、芸人活動を減らして作家にシフトしていくふうにとられがちなんですね。実際、毎月、自分主催のお笑いライブをやっていまして、お客さんは来てくれるんですけど、取材されることはほとんどなくて。
五木 とはいっても、芸人の認知度に比べたら、作家なんてなんぼのものだって感じですからね。そこは気にせず、両方やっていくのがいいと思う。ドストエフスキーにしても、小説家であり、ジャーナリストでもあったわけだから。彼は政治的な発言も多くしてますし、自分で雑誌まで刊行して、当時のサンクトペテルブルクだけで何千部も売れたっていうんですから。
又吉 凄いことですよね。『作家のおしごと』にも、ドストエフスキーが自分で出版社をやり、注文までとっていたという話が書いてあって驚きました。実は先日、僕も知り合いの編集者に「自分で本を作って、自分の書店で売りたいんです」っていう相談をしたばかりだったので。

装丁から帯の文言まで考えていた五木さん
五木 作家が本を作るのは面白いと思う。若い頃は、僕も本の装丁から帯の文言まで細かく考えたりしていました。だいたい編集者は他の仕事も担当してるわけでしょう。帯の文言を考えるのだって、会議の前とプラス数日ぐらいだと思うんだよ。でも、こちらは年中寝ても起きても新幹線に乗っても、帯の文言を考えてる(笑)。俳句を作るかわりにコピーをね。若い頃はそんなふうにわがままに本を作っていたんだけど、中年になり、半分はみんなの意見を聞こうという感じになった。で、70を過ぎたら、全面的にみんなに任せようという気持ちになったんだけど、そしたらね、今度はあんまり売れないんだよ(笑)。やっぱり嫌われてでも、ああだこうだって口出ししたほうがいいなと最近は思ってますけど。
又吉 万が一、うまくいかなくても、そのほうが納得できますもんね。
シンプルな題名、長い題名
五木 又吉さんの小説は、題名がシンプルでいいですね。『火花』『劇場』と2文字できて、今度が『人間』。
又吉 2文字はここまでにして、次からはもっと自由につけたいと思っています。
五木 でも、シンプルなのはいいですよ。僕はデビューした頃、「なぜ長い題名をつけるんだ」ってよく言われました(笑)。『蒼ざめた馬を見よ』とか。あの時代は長い題名があまりなかったんだよね。
又吉 『青春の門』はシンプルですね。
五木 あれは週刊誌連載の時点でつけたタイトルで、できるだけ手垢(あか)にまみれた題名にしようと思ったんです。月並みな形容詞とかそういう汚れた言葉の一族を率いて新しい小説ができないだろうか?というのが、もともと僕の野心だったので。「青春」という言葉も、青春歌手とか青春歌謡とか安く使い回されていたので、これをタイトルにして書いてみようと(笑)。だから逆説的な意味での「青春」でもあるんです。ところで『人間』という題名は、新聞連載の時点からですか。

又吉 そうです。
五木 新聞小説は毎日掲載されるわけだけど、やってみてどうでした?
又吉 24時間営業のコンビニオーナーの気持ちが分かりました……というのは冗談ですけど(笑)、常にそれが動き続けていて、遅れたら周りに迷惑がかかる、という現実的な責任は感じました。ただ、毎日ライブするような感覚で書けたので、それは面白かったですね。
五木 それはいいですね。僕も新聞小説は一日一回のものだと思っているので、書き溜(だ)めはしない主義でやってきました。だから、新聞社にはずいぶん迷惑をかけましたね。作家によっては3カ月分ぐらい前渡しする人もいるみたいだけども。読むほうも書くほうも明日はどうなるとハラハラドキドキするのが、明治以来、伝統のある新聞小説じゃないかと思っていたから。
又吉 実際、ストックはほとんどなくて、連載していた時のメールをチェックしたら、後半はほぼ毎日1本ずつ原稿を送っていました(笑)。
説法は「講演」、問答は「対談」
五木 世代を超えてそういう作家がいることは心強いな(笑)。やっぱりライブなんですよね。ボブ・ディランが好きなのは、彼はレコーディングとはライブをやったあとにできる足跡だ、みたいな感じでね。だからずっとライブを大事にしてるじゃないですか。
又吉 はい、今もネバーエンディング・ツアーで。
五木 あれがミュージシャンの本来の姿だと思いますね。昔はよく雑誌に載る小説なんかでも「書き下ろし特別作品」というのが巻頭に入っていたりした。僕はそれがなんぼのもんだと思ってね。「語り下ろし特別作品」を載せてくれって言おうとしたこともあった(笑)。

又吉 「語り下ろし特別作品」はいいですね。そういう意味でも、五木さんは講演と対談を大事にされているわけですね。
五木 だって、もともとは「物語る」のが作家なんだもの。ブッダだって上流社会のいいところの出で、教養はあったけど、字は書いてない。口で喋って、説法して。言ってみれば、説法は「講演」で、問答が「対談」ですね。その残滓(ざんし)が万巻の経典になった(笑)。だから又吉さんもスケジュールは大変だと思うけど、対談の話はできるだけ受けたほうがいいですよ。
又吉 そうしたいと思います。むしろ五木さんこそお忙しいと思うんですが、時間の配分はどうされていますか?
五木 なりゆき(笑)。自分で選んでやっているのではないと思ってますから。キザだけど「他力」の風が吹いて、自分はそこへと吹き寄せられていくだけなんです。又吉さんはだいたい何時に寝て、何時に起きるの?
又吉 あまり決めていないです。でも、わりと夜更かしですね。
五木 僕はだいたい朝7~8時に寝てる。起きるのは夕方の4時。
又吉 完全に夜型ですね。
五木 今日だってそう。こんな暮らしを50年続けて、それでもなんとかやってるんだから不思議ですよね。よく医者が日光を浴びなきゃダメだと言うけど、寝る前に浴びるのでも大丈夫みたいだ(笑)。今は朝に起きて、午前中からパソコンに向かって仕事をする作家のほうが多いらしいけど。
又吉 それで言うと、僕は古いタイプかもしれないです。

又吉さんの次の予定は
五木 又吉さんは、僕らからすれば懐かしさすら感じるところがある(笑)。だけどそれはあくまで外観の話であって、又吉さんだって今の時代の人ですから、ベースは新しいんです。それは『人間』を読んでも分かる。次に書くものは何か予定があるんですか?
又吉 小説も書いていきたいんですけど、エッセーの本も作りたいなと思っています。朗読のライブにも力を入れて、あとは映像の脚本ですかね。
五木 それは楽しみだな。ジーン・クルーパってジャズドラマーがね、来日した時に後輩ジャズメンへのアドバイスとしてこう言ったんです。「キープ・オン」って。「続けなさい」っていうことなんだろうね。僕は『日刊ゲンダイ』の連載コラムがいま42年目。ラジオも「五木寛之の夜」というのを25年やって、そのあと「ラジオ深夜便」に移って、まだやってる。年寄りの自慢話みたいに聞こえるかもしれないけど、続けることは大事。
又吉 たしかに、最近は続けるのこそ難しいことやなと感じています。新しいチャレンジであれば、「アカンかった」っていう言い訳も成立しますし。最後にお伝えしたかったんですが、『作家のおしごと』の中に「一瞬で消える花火だからこそ、いつまでも記憶に残る」と書いてあって、ハッとしたんです。僕もずっと思っていたことで、最初に組んだコンビ名に「線香花火」とつけたのもそのことと関係していたので。
五木 なるほど。
又吉 中学生の時に、友達と京都の知恩院で「未完の瓦」を見たんです。あえて完成をさせないのは、完成した瞬間から滅んでいくだけやからっていうのを知って、「わっ、そういう考え方があるんや」と思ったんですけど、よくよく考えたら「永遠に完成しない」というのはどうなんだろう? と。完成した一瞬こそが尊くて美しくて、それが永遠なんじゃないかっていうふうに結論づけて、「線香花火」というコンビ名でデビューしたんです。

五木 なるほど。それで言うと、僕はもう「永遠の未完」でもいいなと。
又吉 完成はしませんか?
五木 うん、しない(笑)。年齢の限界も見えてきて、完成はしない予感がある。むしろ、それでいいんだと思います。今日は忙しいところを本当にありがとう。
又吉 こちらこそ、ありがとうございました。
(構成/九龍ジョー)
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いつき・ひろゆき
1932年、福岡県生まれ。66年『さらばモスクワ愚連隊』で第6回小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで第10回吉川英治文学賞、2002年、第50回菊池寛賞、04年、第38回仏教伝道文化賞、10年『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。近著に『作家のおしごと』『新 青春の門 第九部 漂流篇』など。
またよし・なおき
1980年、大阪府生まれ。吉本興業所属の芸人。お笑いコンビ「ピース」として活動中。2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。17年には2作目となる小説『劇場』を発表。18年9月より翌年5月にかけ、自身初の新聞小説となる「人間」を毎日新聞夕刊で連載。単行本『人間』は19年10月に小社より刊行された。
(サンデー毎日12月22日号)