「ほら、日本ってめちゃくちゃでしょ」 ゴーン氏の逆襲をナメてはいけない

楽器ケースに身を潜めて出国審査をすり抜ける、というさながら「ルパン三世」のようなマンガ的逃走劇を見せたカルロス・ゴーン氏が1月8日、レバノン到着後はじめて会見を催す。

「有罪の推定に立ち、差別が蔓延(まんえん)し、基本的人権が無視されている」「国際法と諸条約の下で守られるべき法的義務が著しく無視されている」という声明からも痛烈な”ジャパンバッシング”を展開するのは間違いない。

そこに加えて、日産幹部を名指しした個人攻撃も予想される。これまでゴーン氏は一部の幹部が自分たちの利益を守るために自分を陥れたと主張し、「陰謀の首謀者」としてある人物の名を挙げていたが、公判前ということもあり弁護団の判断で伏せられていた。レバノンまで高飛びしておいてもはや裁判官の心証もへったくれもない。「無敵の人」状態のゴーン氏が「日本人には英雄ともてはやされたあの男が実は……」という感じで洗いざらいをぶちまけて、泥仕合になるというプロレス的な展開もあるやもしれぬ。

さらに厄介なのは、これらは壮大な復讐劇のほんの序章に過ぎないということ。一部報道では、ハリウッドのプロデューサーと面会したというので、日本軍の捕虜収容所でイジメ抜かれても屈服しなかった米国人ランナーを主役とした「不屈の男 アンブロークン」のような映画が製作される可能性もあるのだ。

もしそのようなプロパガンダによって、「日本では外国人経営者や外国資本の影響力をそぐため捜査機関が罪をでっち上げる」なんてイメージが国際社会に定着してしまうと、大袈裟な話ではなく日本経済にもボディブローのような悪影響が出てくる。

まず、優秀な海外の人材が日本企業を敬遠するかもしれない。また、日本でのビジネスからの撤退、進出を見送る判断をする外国企業があらわれる可能性もあるだろう。

さらに、日産幹部が独立性が損なわれると恐れて国家権力に泣きついたという風説が流れたら、日本の自動車産業全体の信用も失墜する。株式市場にも悪影響を及ぼすかもしれない。

ただ、それよりも筆者が心配しているのは、これを機に「外国人労働者の人権問題」というリスクに悩まされる日本企業が増えていくかもしれないということだ。

例えば、MeToo運動ではないが、日本で働いている外国人がゴーン氏の「告発」に触発されて、「実は私も日本人の上司に罪を押し付けられた」「同じことをしても日本人はお咎めなしなのに、私は外国人なのでクビにされた」などと次々と不満の声をあげる――なんてこともあるかもしれない。

ゴーン氏の”ジャパンバッシング”
ご存じのように現在、日本で働きたいとやってくる外国人実習生が年間9000人以上も消息不明になっている。では、これらがみんな「不良外国人」なのかというとそんなことはなく、日本人ならば労基に駆け込むような低賃金や過重労働に音を上げて失踪しているケースも少なくない。

事実、法務省の平成28年度の調査によれば、日本で就労経験のある外国人2788人に職場での外国人差別について尋ねたところ、トップの「外国人であることを理由に就職を断られた」(25%)に次いで多かったのは、「同じ仕事をしているのに、賃金が日本人より低かった」(19.6%)となっている。こういう日本への不満は、祖国へ戻った人などのクチコミでじわじわ広がっている。それがゴーン氏の”ジャパンバッシング”で一気に火がつく恐れがあるのだ。

そこに加えて、今年はもうひとつ不安要素がある。それは、「五輪」である。北京五輪の直前、チベットの人権問題が炎上したように「国威発揚イベント」の前には、必ずその国家のシステムに不満を抱くマイノリティからの「反撃」があるものなのだ。

在留外国人は右肩上がりで増えていて、現在は282万人と過去最多となっているにもかかわらず、日本人と比べるとさまざまな権利が制限され、外国人の子どもなどは陰湿な差別やイジメを受けている。改正出入国管理法の際の政治家や知識人の議論が分かりやすいが、日本人の多くは、外国人は「人手不足を補う労働力」としてしか見ていない。

こういう奴隷的な扱いを受けてフラストレーションがたまっている外国人が、ゴーン氏のジャパンバッシングに合流する形で、国際社会に窮状を訴えるというシナリオもなくはないのだ。

ブーメランがかえってくる
では、このようにさまざまなリスクを引き起こす「ゴーンの逆襲」に我々はどう向き合うべきか。

まず、事実として異なっていることはしっかりと否定して、日本として主張すべき点もしっかりと国際社会に訴えていくことは言うまでもないが、本件において特に重要なのは、「ゴーン氏やレバノンに対して過度に攻撃的にならない」ということだ。

「日本をコケにした犯罪者とヤツをかくまう国に気をつかうなどありえない。世界からナメられないためにも徹底的に糾弾すべきだろ」と怒りでどうにかなってしまいそうな方も多いと思うが、残念ながらレバノンやゴーン氏に対して激しい呪いの言葉を吐けば吐くほど、「ブーメラン」が美しい放物線を描いてこちらにかえってきてしまう。

我々も今のレバノンとそう変わらぬ形で、ゴーン氏と同様に国際手配された人物の引き渡しを拒んだ過去があるからだ。

もうお分かりだろう、そう、アルベルト・フジモリ氏だ。日系2世のフジモリ氏はペルー共和国の大統領だったが、さまざま不正や虐殺事件の指揮などの疑惑が指摘されると、首脳会談にかこつけて国外脱出して日本へ身を寄せた。

そこでペルー政府としては、フジモリ氏の身柄の引き渡しを求めたが、日本政府はけんもほろろに突き返した。なぜかというと、福田康夫官房長官(当時)が会見で述べた言葉が分かりやすい。

「一般論としていえば逃亡犯罪人引渡法によると引き渡し条約に別段に定めがない限り、日本国民は引き渡してはならないことになっている。(フジモリ氏は日本)国籍を有する」(朝日新聞 2001年3月2日)

日本のイメージが悪くなる
フジモリ氏は選挙では日本国籍はないとペルー国民に説明していたが実は真っ赤なうそで、「二重国籍」の持ち主だったのである。特別なルールがない限り、主権国家は自国民を守らなくてはいけない。政治的迫害から逃れてきた者だろうが、犯罪者だろうが、よその国に求められるままホイホイと差し出してしまったら、その国の独立性を否定することになるからだ。

とはいえ、こんな理不尽な話でペルー国民は納得しない。ほどなくして、逮捕状を請求したインターポールに国際逮捕手配書を発行してもらった。そこに並ぶ容疑は、24人もの民間人の虐殺を指揮したという殺人の疑いのほか、暴行、文書偽造、誘拐など。ゴーン氏のなんちゃらルートを使った不正送金が霞んで見えるほどの罪状だが、日本政府はこれも軽くスルーした。

理由は、インターポールの手配書は、日本の裁判所が発する逮捕状にあたらないから。要するに、日本でのんびり暮らすフジモリ氏にはなんの効力もないというのである。かくして、ペルーから逃亡した犯罪者・フジモリ氏は自身の意志で日本から出国するまで、逮捕も勾留の心配もなく、親交のある友人宅で充実した日々を過ごすことができたというわけだ。

ここまでいえばもうお分かりだろう。

「ゴーンのような極悪人をかくまうなんてレバノンも同罪だ」とか「国際社会に訴えて、レバノンにゴーンを引き渡すよう圧力をかけるべきだ」というような主張は、かつて我々がペルーの国民感情を逆なでした行為を蒸し返すだけで、天にツバを吐くというか、やればやるほど日本のイメージを悪くさせるだけの悪手なのだ。

ついでにいえば、「今回の失態を招いた弁護士や出入国管理の関係者を厳しく処分する」「これを機に保釈の条件をもっと厳しくする」みたいなコワモテの対応に走るのもよろしくない。ゴーン劇場の思うツボになるからだ。

ゴーン氏は「日本の司法制度=基本的人権を無視した前近代的なリンチ」というイメージをつけることで、自身を「国家の暴力から逃げた被害者」というブランディングをしていくはずなので、日本の司法制度が国際的な流れに背を向けて、どんどん厳しくなっていけばいくほどありがたい。

「ね、私の言っている通り、日本ってめちゃくちゃでしょ」という感じで、ゴーン氏の主張を裏付けるナイスパスにしかならないのだ。

ゴーン氏の逆襲
明日、ゴーン氏がどのようなメッセージを発するのかは分からないが、それが日本にとってはかなり耳の痛い内容であることは間違いない。

我々がどんなに「日本には日本のルールがある」と正当化をしようとしても、日本の司法制度が「中世」でピタッと針を止めたままになっており、国際社会でたびたび批判にさらされているのはまぎれもない「事実」だからだ。

悪名高い「人質司法」をはじめ、過去の証拠捏造事件などにもあった「ストーリーありき」の捜査、そして99%という出来レースのような有罪率……。日本の捜査機関がうたう「正義」は、世界一の品質をうたう日本企業が実はデータ改ざんをしていたように、かなりの粉飾を経てでき上がった「つくられた正義」なのだ。

日本人は、あんな強欲な男の主張など、誰も耳を貸さないなどとたかをくくっているが、国際社会では、ゴーン氏が自身の受けた仕打ちを明かして、「ほら、日本ってめちゃくちゃでしょ」と言えば、納得する者ははるかに多い。

だから、フランスのフィガロ紙が行ったアンケートでも、ゴーン氏が日本から逃げ出したのは正しかったと回答した人が77%にも及んだ。オリンパスの粉飾を告発をしたマイケル・ウッドフォード氏も、「公正な裁判を受けられるかに強い疑念があり、深く同情する」としてゴーン氏の行動に理解を示した。

逃げたのは悪いことだが、日本はそうせざるを得ないほど「ヤバい国」だという評価がじわじわと広がっているのだ。

「ゴーンの逆襲」が日本に与えるダメージをあまりナメないほうがいいかもしれない。

(窪田順生)