あふれる“カニ愛”一冊に いつから 「道楽」に? 文化と歴史をつづる

今は冬の味覚の代表格となったカニだが、かつては捨てられていたという。ある老漁師から聞いた「カニなんか畑の肥やしやった」という言葉に衝撃を受けた、兵庫県西宮市在住の広尾克子さん(70)は関西学院大大学院社会学研究科に入学し、カニの文化と歴史を研究。2019年10月にエッセー本「カニという道楽 ズワイガニと日本人の物語」(西日本出版社)を出版した。カニへのあふれる思いを聞いた。【聞き手・生野由佳】
――「カニ」研究以前はどのような仕事をされていたのでしょうか。
◆旅行代理店「日本旅行」で主に海外部門でツアーの企画やパンフレットの製作をし、カニとの関わりはありませんでした。親の介護のため早期退職し、その役割も終えた還暦のころ、カニを食べに行った兵庫県香美町の柴山港で老漁師の言葉に出合いました。一体カニはいつから食され、冬の風物詩と言われるまでの存在になったか。文献を探したが一向に見つからず、ならば自分で調べるしかない、と思い立って13年4月、大学院の門をたたきました。
――どのように研究を進められましたか。
◆対象を雄のズワイガニに絞り、フィールドワークを重視し全国各地に足を運びました。シーズンオフの柴山港を訪れ、漁業関係者から話を聞きました。大阪・ミナミで大きなカニの脚が動く看板が有名な「かに道楽」の創始者で大正生まれの今津芳雄さん(故人)が兵庫県豊岡市の漁村の出身でしたので、親族に話を聞きました。今津さんはカニの行商をしていましたが、家族から大阪で地元旅館への観光誘致をまかされ、その経験から大阪でのカニ需要を見込んで海鮮食堂を開業したそうです。1960年代初めには大阪でカニが大ブレークしました。今津さんの創意工夫と努力にあふれた人生を「カニを都市に持ち込んだ人」として紹介しています。

――カニを食する文化は地方により大きく異なるようですね。
◆関西では毎冬のように山陰地方に出かけ、家族や友人たちとカニを食べに行く人がたくさんいます。その文化は関西特有のものでした。関東ではカニは冬の風物詩とは言えず、本当になじみが薄い。ただ、2015年に北陸新幹線が金沢に延伸したことで、関東から北陸地方に行きやすくなり、東京でも「カニツアー」がどんどん増えているようです。交通網の進化によってカニの文化が関東に大きく浸透しつつある、と実感しました。
――カニの名産地、福井、京都、兵庫のそれぞれの歴史や文化も紹介しています。
◆福井は他よりいち早くカニの魅力を認知していました。1970年代にはカニで客を呼ぶようになり、夏は海水浴、冬はカニ目当てと観光客層が変化していったようです。バブルの頃には、企業の接待に使われ盛況でした。
カニを食べに産地に足を運ぶ「カニツーリズム」の走りは、兵庫県香住町(現香美町)。昭和後期に旅館がどんどん増えました。最初にカニを提供したとされる老舗旅館に取材し、街の変化を追いました。JR西日本が日帰りツアーを企画し、今では京阪神から山陰地方や北陸にカニを食べに行く「カニツーリズム」がすっかり定着しています。
略歴
ひろお・かつこ 1949年、大阪府生まれ。71年に神戸大文学部を卒業後、日本旅行に入社。親の介護のため2000年に早期退職。カニ食の歴史と背景を学ぶため、13年に関西学院大大学院社会学研究科に入学。同科博士後期課程を退学し、現在は同科研究員。