かんぽ事件で揺れる保険業界 復活のカギはLINEの「贈るほけん」にあり

日本郵政グループは1月6日に経営層を一新した。後任で元総務相の増田寛也氏は、同日の挨拶で「創立以来最大の危機」と述べた。

「最大の危機」のきっかけとなったのは、かんぽ生命の不適切な保険販売問題だ。同社の特別調査委員会が2019年12月中旬にまとめた調査報告書によれば、かんぽ生命は14~19年までの14.8万件の契約を調査したという。そのうち、実に1割近い水準の1万2836件が、「違反疑い事案」であると整理されたのだ。

実は、同社の実態が明るみに出る前から兆候は現れていた。大手4社平均とかんぽ生命の苦情率を比較すると、概ね全ての項目でかんぽ生命における苦情率の突出がみられる。同社の不適切行為に関する苦情は大手4社平均の6倍で、契約引受に関してはなんと26倍もの格差が18年度の時点で生じていた。

事案の詳細は報道各社に任せるとして、今回はかんぽ問題で浮き彫りになった保険ビジネスの課題と、保険ビジネスの成長に関して開拓が期待される新しい市場について検討していきたい。

保険は、そもそも「買ったら損をする商品」?
そもそも、保険は多かれ少なかれ、「買ったら損をする商品」であることを忘れてはならない。まずは保険会社における3つの利益の源泉から確認してみよう。

生命保険における収益の源泉は、費差益・利差益・死差益だ。費差益は見積もりと比較して広告費や人件費を抑えられたといった経費削減によって生じる利益となる。利差益は、保険会社が運用している資産の収益率が、想定よりも優れていた場合に生じる。

収益の大部分を占めるのは死差益である。これは、高度に事前計算された死亡率(予定死亡率)よりも、実績の死亡率が低かった場合に発生する利益だ(損害保険会社の場合は死差益に相当する部分を危険差益という)。

実務上、予定死亡率は高めに設定されているため、実績の死亡率が予定死亡率を上回ることはほとんどない。このように、保険は本質的な発生確率に加えて一定以上のスプレッドが加算されていることから、保険単体の期待値はマイナスになりやすい。

しかし、ひとたび死亡や障害が発生した場合、家計に対する被害は甚大で、資産を大きく上回る損害が発生することもある。そのため、甚大な被害への備えという意味では、スプレッドを支払ってでも保険に加入する合理性があるのだ。

人口減少と価格競争が激化する日本の保険市場
保険のように統計に裏付けられた商品の収益を向上させるには、費用削減以外にはスプレッドの上乗せか、販売数を増やすという選択肢が挙げられるだろう。しかし、スプレッドの上乗せは販売数の低下を招く諸刃の剣であり、オンライン保険会社といった低コストの保険会社の台頭もあって、取ることが難しい戦略であるといえる。

では、販売数を増やせるのかというと、実はこれも厳しい。19年には人口減少が史上最大の約43万人規模となり、出生数も過去最低の90万人を下回る結果となった。そうすると、中長期的に販売数の下方圧力は相当強いといえるだろう。今回の事件で明るみに出た不適切な乗り換えや保険料の二重支払いといった事例の背景には、人口減少社会において、成長を前提としたノルマを達成しなければならない悩みが見え隠れする。

一方で、保険はInsurtech(インシュアテック,Insurance+Technology)によるイノベーションが期待されている分野でもあり、近年新規参入が盛んになっている。Insurtechでは保険ビジネスを効率化して、必要最低限の商品とすることが論点としてよく挙げられている。しかし、筆者は効率化・ミニマム化それ自体ではなく、それによる保険以外での市場開拓にポテンシャルがあるのではないかと考える。

LINEの「贈るほけん」競合は保険会社ではない?
保険以外での市場シェア獲得を狙っているとみられるのが、「LINEほけん」だ。同社は「保険をプレゼントする」という消費行動をユーザーに定着させようとしている。この動きは、「贈るほけん 地震のおまもり」や、企業から保険がもらえる「REWARDほけん」といったプレゼント型保険商品のリリースから観測できる。このケースでは、「買ったら損をする商品」という保険本来のデメリットを昇華できるモデルになっているのだ。

では、「地震のおまもり」の条件を見てみよう。これは、期間中に震度6弱以上の地震によって被害が生じたら、保険金を受け取ることができる保険だ。「1年間の保険料は500円で、保険金額は1万円」となる。

この条件をみると、批判したくなる方もいるだろう。確かに、簡単にシミュレーションするだけで、保険としてみた商品価値は他保険と比べて明らかに低い。

例えば、「地震のおまもり」にもし20年間加入できたとして、地震による被害が生じなければどうなるだろうか。「地震のおまもり」に加入していた場合、それまでにかけた1万円の保険料は失われてしまう。一方で、「地震のおまもり」に加入せず、保険料と同じ額だけ貯金をしていれば、20年後には手元に1万円が残ることとなる。21年目に地震で被害を受けると、「地震のおまもり」に加入している場合は1万円を受け取ることができるが、貯金の場合は1万500円が手元にある。そのため、21年以上大地震に見舞われなかった場合、赤字になるわけだ。

LINEほけんは、保険マーケットではなく贈答マーケットを狙う
つまり、この商品は「20年以内に地震が起きるか」に賭ける商品であり、仮に地震によって大規模な被害が生じたとしても、焼け石に水程度の保険金しか降りないという点で、貯金にも劣るともいえるのだ。

したがって、保険マーケットにおいてこの商品で戦おうとしても、到底加入は期待できないだろう。しかし、この商品のターゲットを保険マーケットではなく、贈答品のマーケットと捉えると話は変わってくる。

これまでに検討した通り、保険には保険会社の取り分が存在する以上、保険それ自体では期待値がマイナスとなる金融商品だ。しかし、プレゼントとして他者からもらえるとしたら、期待値で割り引いた部分が受け手の効用となるため、少なくともマイナスになることはない。

一方で、贈る側からしても、プレゼントを保険にしたからといって、特別なマイナスが発生することはない。例えば、3000円程度のプレゼントを贈る場合を考えたときに、それが食品であろうと衣類であろうと、保険であろうと支出する金額は同じとなるのだ。

このように、保険をプレゼントとして考えると、予算に応じたプレゼント商品を買っている購入者と、無償でリスクに対する保険を享受できる受け手という構造となる。この場合、保険の期待値という考え方はそれほど重要な指標ではなくなるのだ。

矢野経済研究所によれば、国内ギフトの市場規模は10兆円規模で推移している。その中でも、SNSなどでギフトを送ることができるソーシャルギフト市場の伸びが顕著で、18年には14年対比で14倍の1167億円となった。23年には足元の2倍程度の2492億円へ成長すると見込まれている。

LINEほけんにおけるプレゼント型保険が狙う市場は、他の保険会社の商品がしのぎを削る保険マーケットではなく、これまで高級食材やタオル類が主流であった、ギフトマーケットである可能性が高い。消費者の中には、タンスの肥やしになりやすい衣類やタオルといった商品よりも、リスクに対して少しでも備えができる保険商品を好むことも考えられる。そこで掘り起こした顧客を、収益性の高い保険に誘導できれば、人口減少下でも販売数の向上が期待できるかもしれない。

今後、保険会社は人口減少や各種差益の圧縮が求められ、競争が激化していくことが予想される。保険会社には、保険マーケットのみで戦うという発想を捨て、新たな市場でシェアを開拓する精神が今後求められてくるだろう。

(古田拓也 オコスモ代表/1級FP技能士)