盪骸稙の狙いは司忍組長を光らせることで組織を強くすること

【山口組分裂と抗争のキーマン 高山清司という男】#5
ヤクザがやっている「他人の風下に立たない」心理術の極意
司6代目の忠臣として仕える山清司若頭は、「陰の立役者」という黒子を自任しているかに見える。例えて言えば、新選組の近藤勇局長を奉じた土方歳三のような同志的結合だろうか。
その同志的な絆は、山若頭が組の方針を出す時、司6代目とは必ず2人きりで会談するという逸話からもうかがえる。その紐帯はいかにして結ばれたのか。
かつて司6代目が反山口組系の独立組織が割拠する名古屋市中村区に進出し、暴れまわっていた当時を知る人物が明かす。
「柳川組、一心会系の兄弟分と昨日は錦三、今日は栄と、毎夜ネオン街に繰り出しては喧嘩に明け暮れ、『中村に司あり』と売り出した。当時から細身の着流し姿で見栄えがいい。スナックで暴れるゴジャモンがいたら飛んで行って成敗しよった。カタギに人気があった」
司6代目と山若頭が知り合ったのは、まだ2人とも20代だった頃だ。高校中退後、賭場に出入りしていた山若頭が縁あって渡世入りしたのは、弘道会の前身、弘田組内の佐々木組だったが、佐々木組の親分に忠義を尽くす山若頭の姿に、司6代目が惚れ込んだとされる。
命運を決したのは1969年に名古屋で対立抗争が起きた時の一件だ。司6代目率いる襲撃部隊に山若頭も参画し、敵の支部長を斬殺し、長い懲役を共にした。このとき「組のためにみずから体を懸ける」というヤクザ的な「犠牲と奉仕」の信義によって、2人は運命共同体的な絆で結ばれたようだ。
今月、「山口組の平成史」(ちくま新書)を上梓した元山口組顧問弁護士の山之内幸夫氏が言う。
「鶏が先か、卵が先かわかりませんが、司6代目は山若頭のヤクザとしての生真面目さ、傑出した実行力や指導力を信頼し、山若頭も自分に絶対的な信頼を寄せてくれる司6代目に絶対的な忠誠で応える、という関係です。まるで、田岡3代目と『親分の日本一の子分』を任じた初代ヤマケンさんを彷彿とさせる関係ではないでしょうか」
6代目が頂に立つほど、弘道会が強くなり、弘道会が強くなれば、6代目がさらに頂を極める――。山若頭の考え方を旧知の知人はそう代弁する。
司6代目が後見する独立組織の親分はあまたいるが、司6代目が誰かの後見を受けたことは一度もない。それも、いずれ日本のドンになる親分には「借り」をつくらせないという「筋目」を重んじる山若頭らしい采配なのだろう。
山口組が3分裂してからすでに5年経つ。分裂劇は、山若頭の服役中に起きた。組織を統制していた山若頭が服役しなければ、分裂は起きなかったとみられている。そして、山若頭がシャバに戻った途端、分裂した神戸山口組は6代目山口組の攻勢を受け、弱体化し始めている。分裂劇はどう着地するのだろうか。 (おわり)