自ら引き起こした大混乱に驚愕しているのはトランプ大統領かもしれない。
1月3日、バグダッド国際空港で、イランのイスラム革命防衛隊のカセム・ソレイマニ司令官(62)が米軍のドローン空爆によって殺害された。
イラン政府は、ソレイマニ氏の殺害を国際テロ行為だと激しく糾弾。すぐさま「厳しい軍事的な復讐」を誓った。ソレイマニ氏の棺が到着したイラン南西部アフワズでは喪に服す数万人が行進。その映像からも単なる司令官にとどまらないソレイマニ氏の特異なカリスマ性がうかがえる。
「米国務省の高官は、記者に対し、米軍がかつてヤマモト(山本五十六・連合艦隊司令長官)を撃墜したのと同じようなものと説明している。イラン国内では、ロックスター級の人気を誇る」(外信部記者)という。
ソレイマニ氏はイラン南東部の貧しい農家に育った。13歳の時に父親の借金を返済するため建設現場へ出稼ぎに。彼が軍事の世界に飛び込んだのは、1980年代初期のイラン・イラク戦争だった。2カ月足らずの訓練で瞬く間に頭角を現し、20代にして歩兵師団司令官に抜擢された。
98年には超エリート部隊「コッズ」の司令官に就任。ヴェールに包まれていたソレイマニ氏の存在が明らかになり始めたのは、00年代だ。
「最高指導者ハメネイ師から『イスラム革命の生きる殉教者』などと絶大な信頼を置かれ、事実上の外交トップとして他国との交渉役も任される。その一方で、IS掃討の前線で、司令官として指揮を執ってきた。こうした実績に加え、その人間性によって国民的英雄となった。偉ぶることなく末端の兵士でも気さくに声をかけ、携帯電話でツーショットをとる。亡くなった兵士の遺族に弔意を伝えるため自ら足を運ぶなど、気配りの人だった」(同前)
一方、米国から敵視され続けた。
「11年のワシントンにおけるサウジアラビアの駐米大使の暗殺未遂や、最近の有志連合への攻撃などにも彼が関与していたとみていた。これまで国防総省は、オバマ大統領に対しても、『最も極端な選択肢』としてソレイマニ氏の暗殺を進言したこともありました」(ワシントン特派員)
一方のソレイマニ氏は、一昨年7月、スピーチでトランプ氏に対し、不気味なメッセージを残している。
「トランプ氏よ、お前が想定していない場所に我々が存在しているということを忘れるなかれ。お前が始めた戦争は我々が終わらせる」
事態は悪化こそすれ、収束に向かう手掛かりは見当たらない。
(近藤 奈香/週刊文春 2020年1月16日号)