ヤリスGR-FOURとスポーツドライビングの未来(前編)

トヨタ自動車は、1月20日の東京オートサロンで「GRヤリス」を世界初公開した。トヨタでは、このGRヤリスを「WRCを勝ち抜くためのホモロゲーションモデル」と位置づける。実はこれに先駆け12月16日には、AWD版GRヤリスである「GR-FOUR」プロトタイプ試乗会を富士スピードウェイの特設コースで開催し、筆者もその走りを体験してきている。

ということで今回の記事は、内容が山盛りだ。第一にハードウェアとしてのGRヤリスとはどんなクルマなのかを明らかにしないと始まらない。次に、乗るとどれだけ凄いのかはこのページをクリックした人全員が興味を持っているだろうから、これも必須。さらに、取材の中で明らかになった、このクルマがトヨタの「もっといいクルマ作り」の新たなチャレンジであることも伝えたい。最後に2020年代に向けて、スポーツ性の高い、速いクルマを楽しむこと、売ること、ビジネスとして継続するためにどうするのかについて、書き進めたい。

WRCホモロゲーションクリアのための3車種
ということで、順に書き始めよう。最初に車種構成だ。オートサロンの時点で、GRヤリスには3つのバリエーションがある。AWDを備える車両は『GR YARIS 1st Edition RZ “High performance”』と『GR YARIS 1st Edition RZ』の2種だ(GR-FOUR)。

車名の一節目、1st Edition は発売記念限定モデルを指し、次のRZもしくはRZ “High performance”がグレードを表す。両グレードの一番の違いは後者にはトルセンタイプのLSDが装備されており、前者には無いことだ。同じくインタークーラー冷却用のウォータースプレーシステムもHigh performance専用だ。

ちなみに少しややこしいのが、今回の発表モデルには1st Edition という限定仕様の特別装備が加えられており、ひとまず発表はこの限定仕様に限るとのことで、ことにエアロやバンパー類に関して、素のRZとRZ “High performance”の違いが分かりにくい。

しかしながらポイントを絞れば、トルセンとウォータースプレーが付くヤツが455万円。無いヤツが396万円だと理解すればいいように思う。プレスブリーフィングで車両概要を聞いて、「こりゃ500万円コースだな」と思った筆者から見ると、中身に対してはバーゲンプライスに思える。

残る1つはといえば、これがまた面白い。頭にGRが付くヤリスとノーマルのヤリスの違いは何かといえば、シャシーとリヤサスの違いだ。GR版では、ルーフにカーボンをおごり、エンジンフードとドアとリヤゲートをアルミ素材に置換している。つまり通常モデルのヤリスとGRヤリスの違いはシャシーの違いである。

WRCホモロゲーションモデルのGRヤリスと完全に同じシャシーに、もう少しおとなしいパワートレインを搭載しFFのCVTモデルに仕立てた車両が「GRヤリスCVTコンセプト」で、これもしれっと展示されていた。価格も馬力も未発表ながら、396万円に絶望した人にとって救済となる普及版のスポーツモデルになるはずである。

トヨタの都合としては、WRCのホモロゲーション規定をクリアするために「連続した12カ月に2万5000台」を生産しなければならない。単純計算で月間2083台を売らなくてはならないことになる。中身に対してバーゲンプライスとはいえ、ガチのAWDモデルの価格でこの数量をクリアするのは困難だ。そこで、バリエーションとしてFF+CVTモデルを設け、同一シャシーのモデル全体での台数クリアを狙っているのだ。GRのエンジニアの言によれば、こちらの出来にも相当な自信があるらしく、とても楽しみなモデルである。ということで、車種構成全体から浮かび上がってくるGRヤリス像は、その中心にWRCがあるのは明らかである。

ラリー王国トヨタを不動のものとするウェポン
トヨタの副社長であり、GRカンパニーのプレジデントでもある友山茂樹氏は、東京オートサロンのプレスカンファレンスで、GRヤリスのコンセプトについて、「ラリー王国トヨタを不動のものとするウェポン」であり「BORN FROM WRC!」であると説明した。さらに友山副社長の説明を抜き出してみよう。

GRヤリスは、従来のトヨタ車では考えられない、“スーパー・ホットハッチ”となりました。コンパクトな1.6リッター・ターボエンジン、272馬力のパワーを伝達する新開発のフルタイム4WDシステム「GR-FOUR」、それを支える足回りは、リヤに専用のダブルウィッシュボーンをおごり、なんとトレッドは86よりワイドになっています。

また、フロントフード、左右のドアパネル、バックパネルはアルミ製、ルーフにはカーボンを採用し軽量化を図ると同時に、バッテリーをリヤに配置するなど重量配分にも気を配りました。

GRヤリスの戦闘能力を強調しましたが、実は、GRヤリスは、多くのお客様に「クルマを操る楽しさを教えてくれる」そんなクルマでもあります。「このクルマなら、今まで走ったことのない雪道を走ってみたい、ラリーに挑戦してみたい」というように、お客さまの心に「FUN TO DRIVE AGAIN」の想いを呼び覚ましてくれることでしょう。

乱暴にいえば、かつて大人気を博したグループAラリーカーの現代版であり、それはつまりグループA時代の初頭を席巻したランチア・デルタHFシリーズや、その無敵のランチアを打ち破ったST185のトヨタ・セリカGT-FOURや、スバル・インプレッサWRXの系譜を継ぐクルマだ。

90年代には、お金がなく、デルタやセリカやインプレッサに憧れながら手に入れられなかった若者たちもいまや40代から50代。あの頃手に入れられなかった夢が今再び巡ってきたわけだ。

いい意味で落ちついた特性
さて肝心のハードウエア構成とスペックはどうだろうか? トヨタから参考として発表された特別仕様車 「RZ“High-performance First Edition”」 のスペックを抜き出してみよう。

全長・全幅・全高は3995ミリ・1805ミリ・1460ミリ。ホイールベース2558ミリ。車両重量が1280キロ。

パワートレインは1.6リッター横置き3気筒DOHC直噴ターボで、出力/トルクは272馬力/37.7kgf・m。トランスミッションは6MT。AWDシステムは、前後トルク配分切り替えによって3種類のハンドリング特性を用意している。60:40のノーマルモード、30:70のスポーツモード、50:50のトラックモードだ。

サスペンションは、フロンドがマクファーソンストラットで、リヤはダブルウィッシュボーン。タイヤサイズは前後とも225/40ZR18である。

では乗ったらどのぐらい強烈なのかといえば、実は意外にも扱いやすい。試乗時にはまだほとんどのスペックが伏せられており、数値を知らない状態だったが、1280キロに272馬力にはとても思えない落ち着いたものだった。激辛でスパルタンなものを想像すると全く違う。

アシがよくストロークすることと併せて、AWD版のGRヤリスであるGR-FOURの性格はいい意味で落ち着いている。もちろん物理的には相当に速いが、ドライバーを置き去りにしてクルマが亜空間へ向けてワープしていくようなものではなく、いつもちゃんと手綱が効いている感じを強く受ける。トルクは回転数にあまり依存せず、下から上までフラットな印象だ。WRCの過酷な状況でクルマの挙動を管理し続けるためには、必要な特性だと思われる。

同時に感じるのはクルマの、もっといえばばね上重量の軽さだ。それは加減速だけでなく。路面からの突き上げに関しても感じることができる。突き上げからのボディの遅れ感を感じない。

ボディ剛性は高い。よじれや遅れを感じないが少し不思議な感覚がある。ガツンとした剛体感はあまりない。ポルシェについて慣用的にいわれる「金庫のような」という硬さとは違う。ある意味、初めて乗って段差を越えた時「うわっ! なんだこの剛性」という新鮮な驚きはないだろうが、かといってこういうクローズドコーズで限界的な領域を試してもボディの捻れによる位相遅れも出ない。なんとも言い表しがたいしなやかな硬さがある。

明確にハンドリングを変える3つのモード
ステアリングは基本的に正確だ。舵(かじ)に対するリニアリティはあるところまでは高い。ただしそうはいってもAWD。何かの拍子にフロントのトラクションを使い切るとフロントのグリップが失われ、後ろが蹴る分プッシングアンダーステアで前へ押し出される。全体論としては、従来のAWDと比較すれば、その挙動変化はつかみやすく、普通にアクセルを緩めれば返ってくる。

3つのAWDモードは、かなり明確にハンドリングを変える。移動手段としてクルマを使うシーンでは文句なくノーマルが気楽だ。トラクションによる挙動変化が少なく、アンダーステアが起きる前にハッキリと予兆を伝えてくるので、そこで馬鹿をやらない限り変なことは起きない。しかも限界もそこそこ高い。AWDのクセに慣れていないドライバーにも比較的安心できるセッティングだし、何よりも常に真剣にクルマに対峙(たいじ)することを求められ続けては、疲れてしまって出掛けるのが億劫(おっくう)になる。そういう意味でノーマルモードは良い落としどころだと思う。

スポーツモードではリヤへのトルク配分を増やした結果FR的な挙動になる。アクセルオンでパワースライドを起こしたい時に使うモードだが、限界は一番低い。パワーがあるだけに、踏まずに我慢する時間が一番長い。いってみれば低次元エンターテインメントを意図的に演出したモードだ。変な言い方だが、これは限界を下げたところがひとつの見識だと思う。安全にドリフトごっこができるモードだ。

トラックモードはその名の通り、クローズドコースで使うことが前提のモード。陸上でいうトラック競技のトラックだ。タイヤを使い切れるという意味では一番限界が高いが、切り返しの時の操舵(そうだ)タイミングの正確性を一番求められる。合わないとガツンと逆向きのGに襲われる。難しいという意味では一番難しい。

インプレッションはこのくらいにして、続編ではこういうスポーツ性の高いモデルでトヨタは何を狙っているのかについて書いてみたい。トヨタは単純に「凄い性能のラリーカーを出してみたよ」なんてことをやる会社ではないのだ。(続編は明日掲載)

(池田直渡)