父を失った。でも出会った人がいる 尼崎市の小島汀さん、竹灯籠に「結婚したで」

兵庫県尼崎市の会社員、小島汀(おじまみぎわ)さん(28)は、神戸市中央区の東遊園地で開かれた追悼行事で竹灯籠(とうろう)に揺らめく炎を見つめ、亡き父に報告した。「私、結婚したで」。出会いに支えられた25年。人生のパートナーを得て、「今日という日を迎えられることのありがたみ」を改めてかみしめる。
3歳だったあの日の記憶はほとんどない。大きな揺れで、同県芦屋市の自宅アパートが倒壊。父謙さん(当時36歳)が亡くなり、母恵子さん(59)は重傷を負った。
小学生になった小島さんの居場所は、近所にできた「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)。あしなが育英会が震災遺児の心のケアのために造った施設で、思い切り泣き、笑った。同じ境遇の仲間や職員には「素の自分」でぶつかっていけた。
経験を生かそうと2007年春、兵庫県立舞子高校環境防災科(神戸市垂水区)に進学し、防災教育を学んだ。関西大在学中の11年には東日本大震災が発生。宮城県石巻市で廃校になった小学校の再生プロジェクトに関わった。卒業後、ウエディングプランナーとして働くようになっても、仲間たちとボランティアを続けてきた。
19年11月、友人の紹介で知り合った同い年の会社員の男性と結婚。式の「新婦友人席」には、あしなが育英会の職員ら「震災がなければ出会わなかった人」がずらりと並んだ。バージンロードも育英会職員の八木俊介(としゆき)さん(50)と歩いた。ふらりと家に遊びに行くといつでも受け入れ、弱音を吐き出せる「父のような兄のような」存在。張り切ってモーニングを借り、自分以上に緊張している八木さんの姿がうれしかった。「この人たちとの出会いは、お父さんのくれたプレゼントです」――。亡き父あてに、手紙を朗読した。
節目の年を迎え、ずっと心を寄せてきた東北へ足を運ぶつもりだ。目に見えるものがきれいになることだけが復興ではない、と思う。「つながった人の『あなたのこと、忘れてないよ』という思いに今まで支えられた。だから、私も」。息長く歩んでいく。【反橋希美】