分譲マンションの「悪臭」に悩まされた住人の裁判が、東京地裁で続いている。
調べてみると珍しい訴訟だが、実は同様の“被害者”が多いと見られ、判決次第では今後この訴訟が増える可能性がある。
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16年8月、自営業の山田一郎さん(50代、仮名)が千葉県浦安市の新築マンションを購入した。
臨海地区の住宅街に建てられた10数階建て200戸を超える大型マンションは、大きな公園に隣接して環境がよく、上層階は眺望もいい。山田さんは、事業を兼ねて最上階の角部屋と隣室の2部屋を購入した。
「住みはじめると、バルコニーに出た時や、窓を開けた時に異臭を感じることがありました。ただそれは海が近いからと思っていました」(山田さん)
異臭の原因を知ったのは1年後のことだった。
住人でつくるマンション管理組合の理事に就いた山田さんは、組合理事らと共に「1年検査」のために屋上に上った。マンションは住人が屋上に上れる構造ではなく、はしごを用意し、ハッチを開け、屋上に上ったのは初めてだった。
「屋上に上った時、悪臭が漂ってきました。奥に歩いていくと、私が購入した2部屋のちょうど真ん中の上に細い管の排出口があり、悪臭が出ていたのです。排出口に近付いて臭うと、異常な臭いがして顔をそむけてしまいました」(同)
原因は「ディスポーザ」(生ゴミ処理機)である。
このマンションは、各部屋の台所のシンクの下にディスポーザが設置され、水と共に生ゴミを流すとディスポーザが粉砕する。
粉砕された生ゴミは排水管を通って下り、1階駐車場の地下に設置された処理槽へ至り、バクテリア等で分解処理され、下水道に流されたり、バキューム車で処理されたりする仕組みだ。
地下の処理槽では処理の過程で悪臭が発生し、そのままにすれば悪臭が地上に漏れ出してしまう。そのため、悪臭を逃がす直径15センチ程度の臭突管を設置し、マンションの壁に沿って屋上まで持ち上げ、屋上で悪臭を放つ仕組みになっている。
山田さんが悪臭に顔をそむけたのは、この臭突管の排出口だった。
住みはじめた時に感じた“異臭”は“悪臭”に変わった。当初は入居率が5割から6割ほどだったが、その後完売して住人が増える間に処理される生ごみも増えたと見られ、臭いが酷くなったのだ。
「次第に換気することも窓を開けることもできなくなり、バルコニーに干した洗濯物に臭いが付くので干せなくなったのです」(同)
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悪臭だけではなかった。
17年6月には室内で数百匹の羽蟻が発生し、10月には強烈な臭いを発するカメムシが出た。11月には部屋の屋上に尋常ではない大量のカラスが飛来した。
管理会社の担当者に相談すると、カラスや鳩を避ける忌避剤「ディフェンスメル」の使用を勧められた。新築にも関わらず、ゴキブリが出るようになった。山田さん自身は原因不明の吐き気やめまいを発症して、通院しはじめた。
「私が購入した時は、どの部屋でも選べる状況だったのに、よりによって選んだのがこの部屋だったのです。部屋の真上に臭突管の排出口があり、こんな悪臭が出ると分かっていれば、絶対に買いませんでした。しかし悪臭で住めなくなった部屋を売ろうとしても、誰も買ってくれないでしょう」(同)
山田さんはマンションの建築・販売の主体となった東証1部上場の建設会社に買い戻しを求めたが、拒否された。
18年2月、建設会社を相手に、マンション2部屋の購入費約1億1000万円に、2部屋の内装費、移転費、医療費、慰謝料などを加えた約1億8000万円の支払いを求めて提訴したのである。
しかし被告は反論し、裁判長による和解の勧告とその不成立、臭気の立証などで、裁判は2年が過ぎる現在も続いている(被告の建設会社は「係争中であり、コメントは控えます」。以下、被告の反論は答弁書等より)。
被告の反論は第1に、「販売する時に臭突管のことは説明した」。
契約時に提示された重要事項説明書の「特約条項」の(7)に、「ディスポーザ処理槽の臭突が××(注:マンション名)屋上にあること」、(8)に、「臭気等が発生する場合があること」が記載されている。原告は重要事項説明を聞いて署名押印している。
「しかし、私は臭突管の説明は一切聞いていませんし、私が確認した管理組合の理事や住人も、全員が“一切聞いていない”と言っていました」(山田さん)
第2に「受忍限度」だ。被告はこう反論している。
「原告は1年点検より臭突管の所在を把握するまでは異臭の存在を管理組合内で取り上げたり、管理会社等にクレームを持ち込むなどしていなかったのであるから、その臭気の程度は、いわゆる受忍限度を超えるような深刻なものではないことが明らかである」
加えて、「原告の他には臭突管を理由に契約解除を主張する所有者はいない」と主張している。
その後、原告の山田さんは裁判長に臭気検査の実施を促されたため、多額の費用をかけて専門業者2社に「臭気検査」を依頼し、18年9月と10月に検査結果が出た。
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1社は「臭気判定士」が現場に来て鼻で確認し、「風の弱い日などは屋上に滞留したものが塊のように流れてくることが想像でき、そういった場合はあまり希釈されずに臭気が流れてくるため、室内でも十分な臭気を確認できることが想定される」と報告した。
もう1社は臭気濃度を分析した。
臭突管排出口の臭気濃度は、千葉県の悪臭防止対策の指針値(500)を10倍超過した5000が出た。また、条例等では室内の規制値が未設定のため、日本建築学会が提案している高齢者施設の臭気濃度と比較し、その推奨値8に対し、角部屋は16、隣室は13と大きく超過した。
これに対して被告は、千葉県の悪臭防止対策の指針は事業活動を対象として、「住宅から排出される臭気を規制の対象としていない」とし、「排出された空気が塊となって××階(注:最上階)に流入する環境が常時継続する訳ではない」と主張している。
原告はカラスや虫などの被害も写真と共に提出したが、被告は「本件の臭気との因果関係を確認することはできない」と反論した。
調べてみるとマンションの臭突管を原因とした裁判は珍しく、大阪市の男性会社員が16年に提訴した裁判が唯一の類似例だった。
裁判資料によれば、山田さんの裁判とほぼ同じ内容だ。
男性会社員は、マンション最上階の角部屋を購入して住みはじめると悪臭に悩まされるようになった。原因は、部屋の真上の屋上に設置された臭突管の排出口だと分かった。
購入時に臭突管について特段の説明を受けた記憶は無かった。次第に家族の体調が悪化し、住み続けるのが困難になったため、売り主の不動産会社に損害賠償を求めたのだ。しかし被告は賠償に応じず、裁判は1年以上続いた。
山田さんの裁判と異なったのは、判決には至らなかったことだ。このマンションでは、他の部屋に影響せずに臭突管の排出口を移せる場所があり、管理会社の負担で排出口を移して和解できたのである。
山田さんも、被告の子会社でもある管理会社に臭突管の移設を求めたが、「移設することはできない」という回答だった。実際、山田さんのマンションの構造では、他の部屋に影響せずに臭突管を移せる場所は無いという。
裁判の中で、被告はディスポーザの価値をこう主張している。
「ごみ量の圧縮など環境面への好影響が評価され、適切な汚水処理がなされることを条件に、社会的に積極的に受容されてきたものである。(略)ディスポーザの臭突からの臭気は、いわゆる生活臭として、ご近所では『お互いさま』の範疇により消化される程度のこととして理解されている」
ディスポーザの設置は2000年代に入ると本格化した。正確な割合は不明だが、近年は新築マンションの数十パーセントで設置されているという。
都内の不動産業者が話す。
「ディスポーザはまったく問題のないところも多いのですが、一方で、臭突管から出る悪臭や機器の騒音に悩むマンションの住人がいる。問題は、風が吹けば臭いは拡散されますが、無風の時に臭いが溜まり、一番近くの部屋に及ぶこと。特定の部屋だけが被害に遭うため、マンションの他の住人の理解が得られないのです。
管理組合に苦情を言っても相手にしてくれないというケースを聞いたこともあります。臭突管は潜在的な被害者が多いと見られますが、他の住人の反感を買ってまで訴える人は少ないのでしょう」
山田さんは耐えきれずに昨年11月に引っ越した。これを「最上階の角部屋の悲劇」として片づけることができるだろうか。
この裁判の行方によって、日本全国で同じような被害者が次々と提訴する可能性があり、重要な裁判である。