捜査の手を逃れようと、海外を拠点とする特殊詐欺グループが増える中、中国を拠点に、日本の高齢者へ電話をかける「かけ子」役を担っていた40代の男が産経新聞の取材に応じた。男はインターネット上の“裏仕事”の求人に応募。高級マンションの一室で電話をかけ続け、高額報酬を受け取っていた。しかし、リーダー格の中国人に裏切りを疑われ、命の危険を感じ、中国から逃げ出したという。最終的に詐欺容疑で逮捕された男の口から語られた詐欺グループの実態とは-。
高級マンションで共同生活
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インターネットの「裏仕事掲示板」というサイトに掲載されたこんな求人に、男が応募したのは平成29年12月ごろのことだった。すぐに中国人を名乗る男から連絡があり、メールや会員制交流サイト(SNS)でやりとりを続け、翌月には用意された航空券で中国・吉林省延吉市に渡った。
詐欺グループが拠点としていたのは同市内の高級マンションの一室。男はこのマンションで、同じように求人に応募した日本人や監視役の中国人など数人と共同生活を送った。
詐欺グループのリーダーは30代の中国人で、周囲からは「社長」と呼ばれていた。高級ブランドで全身を包み、ベンツやポルシェといった高級車を乗り回していたという。
食事はほぼ毎日出前を取り、夕食は社長の高級車に分乗して外食へ。成功報酬とは別に、毎週500元(日本円で約8千円相当)の小遣いをメンバーに渡すなど羽振りの良さをアピールしていたといい、男は「かなりぜいたくをさせてもらった」と振り返る。
受け子を遠隔操作
中国にいながら日本の高齢者をだますという詐欺は、一体どのようにして行われていたのか。それは中国からの「遠隔操作」ともいえる手法だった。
男らが電話をかける際に使う携帯電話は、他人や架空の人物名義で契約された「飛ばし」と呼ばれるもの。電話をかける相手の名前がずらりと書かれた名簿は、別の詐欺グループのリーダーの日本人の男から社長が仕入れていたという。
手口は役割ごとに細分化されている。まず1人が百貨店の従業員をかたり「あなたのクレジットカードが使われている。警察と全国銀行協会に通報する」と高齢者に電話をかける。次に警察官役が「代金が引き落とされている可能性がある」と不安をあおり、全国銀行協会の職員役が「口座とカードの利用停止手続きをする」と提案。預金口座と暗証番号を聞き出し、「職員がカード回収のため自宅に向かう」と伝える。
相手が電話の内容を真に受けたと判断すると、無料通信アプリ「微信(ウィーチャット)」で、日本国内に待機させたキャッシュカードの受取役「受け子」に回収を指示。カードをだまし取ると、現金の引き出し役「出し子」がそれを使って現金を引き出していた。
「生きて帰れるといいな」
現金は「管理者」と呼ばれる見張り役に渡された後、東京・池袋の「換金所」と呼ばれる中国人が預かり、中国にいる社長のもとに送金していたという。
グループは平成28年ごろから同様の詐欺を続けており、かけ子の日本人は定期的に入れ替わっていたとみられる。グループの詐取金は最も多いときで1カ月あたり約6千万円。メンバーには役割に応じて5~8%ほどの報酬が支払われ、男は約3カ月間で計約400万円を得ていたという。
楽してもうけられる。そんな甘い生活が続くはずはなかった。男は自身が手配した受け子が現金を持ち逃げしたことをきっかけに、社長から「受け子と組んで裏切りを画策したのではないか」と問い詰められるようになった。
否定したものの「日本に生きて帰れるといいな」と脅された。身の危険を感じ、隙を見て現地の交番に駆け込んで助けを求めたという。帰国後の30年9月、詐欺や窃盗容疑で大阪府警に逮捕され、昨年7月、大阪地裁で懲役5年の有罪判決。男は控訴したが、同11月2審大阪高裁で棄却された。
地裁判決前の同4月、大阪拘置所内から男が産経新聞に手紙を送付してきたことで取材がスタート。拘置所内で記者と面会を重ねる中、男は中国を拠点とした特殊詐欺グループの活動内容や現状を語った。男によると、グループ内の日本人は何人か逮捕されたが、社長がどうなったかはわからないという。
高裁判決後、男は拘置所から姿を消し、連絡が取れなくなった。刑務所に収監された可能性が高いが、担当していた弁護士は「高裁まで弁護したが、その後の男の行方はわからない」と話している。
日本の捜査当局の手を逃れるため、拠点を海外に構える特殊詐欺グループは多いとされる。ただ、最近は現地当局と連携して摘発するケースも増えている。
拘置所での面会で、男はこんな後悔の念を口にしていた。
「組織の上位者にとって受け子やかけ子は完全な使い捨て。一時の金ほしさに安易に海外に渡り、身の危険を感じる仕事に手を出してしまった」