中学生、とくに中2の女生徒を好むという、自称ロリコン(正確にはペドフィリア)、40代前半の介護士で新婚男性の原田 一郎さん(仮名)。
前編では、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤 章佳(さいとう あきよし)氏の著書、『「小児性愛」という病―それは、愛ではない(以下、同書)』(ブックマン社)を原田さんが読んだことがきっかけで、取材が行われた。
◆「中学生との行為」を妄想
原田さんは、自身がペドフィリアであることに深く悩み続けているという。
「妻とのセックスよりも、ロリコン物の画像や動画を見ながら自慰行為をするほうが、よっぽど気持ちいいんです。ひどいときは仕事中にも、中学生の女の子とデートしたり、はっきり言えば、セックスをする妄想をしてしまいます。このままでは、自分が本当に犯罪者になってしまわないか、心配です」
切羽詰まった表情で本音を語る原田さん。そもそも、原田さんがペドフィリアになったきっかけはいったいなんだったのだろうか。
「自分の育った家庭環境はごく普通だったのですが、両親が共働きで家に不在がちだったため、年の離れた姉にまるで奴隷のような扱いをされていました。学校でもいじめを受けていたし、異性には相手にされなくて。ストレスのはけ口は、自慰行為でした。中学生のときに、父親のAVを見つけたのですが、AV女優が制服を着ているロリコン物だったんです。衝撃を受けて、そこからはもう、そういった作品や妄想でしか興奮できなくなりました」
同書によれば、原田さんのようなケースは珍しくないようだ。
◆“逆境体験”が原因で…
まず、斉藤氏が精神保健福祉部長で、各種依存性症を取り扱う、榎本クリニック(以下、同クリニック)を2006年5月から2019年5月まで受診した子どもへの性加害経験者117人のデータによると、機能不全家族で育った人間は46%。いじめ被害の経験に至っては54%と、一般人の被害経験の有無よりもだいぶ多い印象を受ける。
そういった“逆境体験”により、たとえば自慰行為をしているあいだはつらい記憶を忘れられるからと、アルコール依存症のように、自慰行為に耽溺するようになることもあると、同書では説明されている。
そのこと自体は理解できなくはないが、ペドフィリアの場合、自慰行為の際に利用する“ネタ”が、児童を対象にしたものであることが問題だろう。
「自分は本物の児童ポルノを所持していたこともありますが、本物を見てしまってからは、本当は年齢的には出演しても問題がないAV女優の作り物の作品では、興奮できなくなってしまいました。だから、児童ポルノは害でしかないと思います。自分が言うのもおかしいかもしれないですが……」
実際、同書によれば、児童ポルノと加害行為への結びつきは強いという。児童に対する性加害経験者は、児童ポルノを100%に近い割合で見ていたというデータからも、そのことがわかるのではないだろうか。
「AVでも見て、自慰行為で満足しておけばいい」という言葉は、ペドフィリアには当てはまらないのだ。
◆再犯防止アプローチで注目される「治療的保護観察」
それでは、どのようにペドフィリア、とくに実際に性加害を行ってしまった人間へ、再犯防止といったアプローチをすべきなのだろうか。同書が提案するのは、カナダの制度である、「治療的保護観察」を参考にするというものだ。
これは、性犯罪で受刑した者は出所後の保護観察期間中、再犯防止プログラムの受講が義務づけられているというもの。プログラムには薬物療法も含まれているが、同クリニックでも、薬物療法を実施している。
「性的な衝動を抑えられないから処方してほしい」と、自分から希望する患者もおり、薬物療法“だけ”では再犯防止には不十分であるものの、並行してさまざまなプログラムを行うことで、効果が高まることは間違いないそうだ。
同クリニックでのプログラムは、全員が同じものを行うわけではなく、再犯リスクによって受講するプログラムの密度が変化するという。
「クリニックの受診も考えたいですが……まだ自分は“加害者”ではないですし、『小児性愛障害』の診断基準(通常13歳以下の子どもとの性行為に関する強烈な性的に興奮する空想、性的衝動、または行動が反復する)にも該当しないんでしょう。それなら、受診したいならまずは加害者になってからってことなんですかね」
原田さんは、強いコンプレックスから、無理やり偽悪的に振る舞っているようにも見えた。
「ただ、本を読んだだけで自分の悩みが解決したわけではないですが、自分だけが苦しんでいるわけではないとは思えたような気がします。そのことだけでもよかった」
原田さんは、そう言って話を終えた。
彼のような、世間的にロリコンやペドフィリアとされる人物のことを、気持ち悪いとして片付け、存在自体を見ないようにしてしまうことは簡単だ。しかし、被害者を出さないためには、加害者の心境を知ること、そして、どう対策すればいいのかを知ることが大切になってくるだろう。
同書は、読んでいて性加害者の身勝手さに何度も不快にさせられるし、性被害を受けた経験がある人にとっては、読むこと自体がつらい一冊でもあるため、被害経験のある人にはおすすめできない。だからこそ、実に貴重であると感じられる内容だった。<取材・文/関圭一>