「がん検査で誤診されたために、まったく必要のない手術を受けて、人工肛門を開設されました」
そう憤るのは、富山芳男さん(仮名、75歳)だ。
富山さんの悲劇は、健康診断で大腸がんの便潜血検査を受けたところから始まった。
「検査で、がんの疑いありと診断され、翌月、再検査として内視鏡検査を受けました。すると、大腸内に炎症があるとのことで、念のために細胞を採られました。
その病院ではがんと確定する精密検査は行えないとのことで、サンプルは検査会社へと送られた。ですが、この会社でミスが起こりました。ラベルの貼り間違いで、私のサンプルが、直腸がんの患者のものと入れ替わってしまったのです」
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誤って直腸がんと診断された富山さんは、手術を受けることになった。術前には担当医が、肛門から指を入れて感触で調べる直腸診を行ったが、肛門の近くにしこりを感じ、がんだと早合点した。
担当医は富山さんが直腸がんであることを疑わず、健康な肛門を切り落とし、人工肛門を開設。誤りに気付いたのは、手術で切除した肛門を精密検査に回し、悪性の腫瘍ではないと診断されたときだった。しかし、時すでに遅し。
「人工肛門になると、排泄を自分でコントロールできず、便やガスが知らない間に出ていることもある。長時間の外出や人付き合いが億劫になり、引きこもりがちになりました。
病院や検査会社とは和解し、それなりのおカネも支払われましたが、すっかり生活が変わってしまった。誤診で人生を狂わされたようなものです」
画像検査を過剰に信じて手術を行ったために、失明した例もある。佐藤英輔さん(仮名、78歳)の話。
「6年ほど前、左半身のしびれやめまいを感じて病院にかかると、脳梗塞の前触れである一過性脳虚血発作が疑われ、頭部CTやMRIを受けました。
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すると医師に、左の眼のくぼみのなか、視神経の直下に腫瘍があると告げられました。『手術すれば、失明する恐れもあるが、腫瘍を放置すれば、視神経を伝わって頭蓋骨まで侵食する危険性がある』と言われ、命には代えられないと手術をお願いしました」
だが、いざ手術を始めてみると、「あるはずだ」と思っていた腫瘍はなく、視神経が腫れているだけだった。結局、何も摘出せずに手術は終わったが、術中に視神経を傷つけたことで、佐藤さんは視力が著しく低下し、1ヵ月後に失明した。
手術の前に腫瘍が悪性とは断定できず、実際にメスで開いてみて初めてわかるというケースは珍しくない。そういう場合は、医者はより一層、手術前の検査を慎重に行う必要があるが、残念なことに、現実はそうはなっていない。
「病院の収入の多くを占めるのが、手術です。切らずに丁寧に経過観察を行う良心的な医師は病院に利益をもたらさない。検査で疑いが生じたら、『病院の経営のために積極的に切る』と考える医師は少なくありません」(弁護士の貞友義典氏)
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恐ろしいのは、こうして明るみに出た誤診は、氷山の一角だということだ。誤診に基づく手術であろうと、術後の患者が健康であれば問題にはならない。いつの間にかカルテを改竄されて、何も知らないのは患者だけということもある。
検査結果に間違いはない。医者や患者がそう思い込むかぎり、被害者は増える一方だ。
「画像検査をしたはずなのに、病気の見落としや見逃しをしてしまう。これは報道されていないだけで、医療現場ではよく起きていることです。
X線はもちろん、より精密なCT検査でも見落としは生じます。放射線科の医師は画像を確認し、がんの疑いのある箇所についてレポートを書いているもの。ところが、担当医がそのレポートをきちんと読み込まず、重要な情報を見落としてしまうんです。そんな類のミスで、がんは見落とされていくのです」(秋津医院の秋津壽男院長)
健康診断や人間ドックには様々な危険が潜んでいる。それでも人は少しでも健康でありたい、病気のリスクを減らしたいと検査に向かう。
ところが、いざ検査を受けても、病気自体が見落とされてしまうことがある。見つけなくていい病気は血眼になって探すのに、本当に見つけなければいけない病は見逃してしまう。これが病院の皮肉な現状だ。
東京・品川で自治体の肺がん検診を実施していた病院が見落とし事故を起こしていたと発表したのは、1月8日のこと。
事故が起きていたのは、「Think Park消化器クリニック」。区から委託を受けた病院側が規定の基準通りに検診を行わなかったため、8人に肺がんの疑いがあるにもかかわらず、見落とされてしまった。
本来、区の基準では胸部の正面と側面のX線写真を撮ることが定められていた。ところが、この病院では正面の1枚しか撮影していなかったのだ。
さらに呆れることに、撮影した画像は放射線などの専門医を含めた複数の医師で診断する決まりがあったにもかかわらず、1人の専門医も居合わせていなかった。
実際の医療現場ではこんなお粗末な体制での検査がまかり通っている。
井沢博さん(仮名、68歳)が複数回にわたる病院の杜撰な見逃しによって死にかけたのは1年前のことだった。
「私は50代のときに腎臓病を患っていたので、健康診断や人間ドックの際には腎臓に悪性腫瘍ができていないか気をつけていたんです。1年前の定期検診でも、腎臓のX線検査をしました。
そのときの検査結果は『陰性』で異常なし。がんができていないと、ホッと胸を撫でおろしました。ところが、X線の検査を受けてから1ヵ月が過ぎた頃、急激に体調が悪くなったんです。
腹部にしこりができ、わき腹が痛むようになった。発熱に悩まされ、日常生活を送ることが困難な状態になりました」
危機を感じた井沢さんは、近隣の病院でCT検査を受けることにした。この苦しみの原因が知りたい。藁にもすがる思いだった。
「ところが、CT検査を受けても結果は異常なし。担当医に何度確認しても『腫瘍はできていません』とくり返すだけでした。しばらく安静にしていれば良くなるかもしれないと、その日は病院を後にしました。
それから数日たっても、のたうち回るような痛みは消えない。これは絶対におかしいと、別の総合病院に駆け込んだんです。
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そこで改めてCT検査をしたところ、ステージIIの腎臓がんが見つかりました。1度目の検査でも、再検査でも腫瘍が見落とされていたんです。前の病院には、腎臓の専門医がいなかった。
検査を受けても腫瘍が見つけられなかったのは、門外漢の医者が画像を見ていたからだったんです。医者からすれば何千枚と届く画像の1枚でも、患者からすれば命にかかわる情報。それがそんな簡単に扱われていたのかと、怒りを覚えます」
井沢さんは現在、放射線と抗がん剤を合わせて腎臓がんの治療にあたっている。
「このような見落としの当事者にならないために、担当医と密にコミュニケーションを取るなどの予防策はあります。ですが、それにも限界がある。病院のスタッフがどう配置されているのか、誰が検査結果を確認しているのかは、患者側からすればどこまでも不透明です」(前出・秋津院長)
命を落とす危険すらある見落とし事故。あなたも、その被害者となるリスクがある。
『週刊現代』2020年1月25日号より