不登校になった我が子とどう向き合うか――。東京都板橋区の介護施設職員、恩田茂夫さん(54)は毎年夏、大学生の長女春音(はるね)さん(20)と自転車での長距離旅行を続けてきた。春音さんの不登校をきっかけに、不登校を脱した後も続けてきた親子旅。12回目の今年は関西を回った。恩田さんは「旅先で人々の厚意に触れ、良い経験になった。不登校の子供を抱える親にとっても、自分たちの体験が役に立てば」と話している。【日野行介】
春音さんが学校に行けなくなったのは小学3年の秋。当時通っていた区立小で男の子から暴力を受けたためだった。恩田さんは学校側の対応を不誠実だと思い、無理に行かせることはしなかった。
始まりは1冊の本だった。2人で図書館に行った時、父娘が自転車で旅をする絵本を見つけた。恩田さんが「こういうの、やってみようか」と話すと、春音さんもうなずいた。
最初の旅は春音さんが小4の夏、石川県の能登半島へ。峠道を越えて、街灯もない暗い夜道を走り続け、キャンプ場で泊まった日も。小学生の体力では厳しい道のりで、恩田さんは「次はないかな」と感じた。だが翌年、春音さんから「今年はどこを走るの」と、楽しみにしている様子で尋ねられ、続けることにしたという。
旅行は、まず分解した自転車を持って電車で出発地へ。現地で組み立てて1週間から10日ほどかけて移動する。真夏の暑さや台風の直撃など過酷な半面、見知らぬ人々の厚意に接する楽しみもある。
紀伊半島の山中で水を飲み尽くして困っていた時は、木の伐採をしていた作業員が分けてくれた。九州では早朝、小さなウミガメの大群が見られる海岸を案内されたこともある。
春音さんは私立の中高一貫校に進学し、不登校を脱した。今年は春音さんの就職活動、インターンシップの合間をぬって、8月4~8日に関西へ。奈良市を出発点に大阪府内の古墳や文化財を回り、兵庫県明石市からフェリーに乗って淡路島の海岸を回った。
恩田さんは「親子で同じ方向に向かって走ることで達成感を共有できたと思う。学校に行く以外の選択肢があり、親子で乗り越える体験を(周囲の人たちに)伝えられたら」と話している。