【松岡久蔵】自衛隊の現役幹部、衝撃告白「災害支援隊になってゆく私たちの葛藤」 知られざる内外の懸念

軍隊はその国を象徴する。自衛隊は軍隊ではない、と言う向きもあろうが、日本でたったひとつ軍事力を有する組織であることは間違いない。その唯一の実力組織がいま、静かに迷走している。
組織の進むべき方向を示せない。年功序列と、無意味で形骸化したしがらみに縛られる――。そんな自衛隊の姿は、そのまま日本社会の姿と重なる。全5回のシリーズとなる本稿では、現役の自衛隊幹部や米軍関係者への取材を通して、自衛隊が直面する根深い課題を浮き彫りにする。

「災害支援というのは、自衛隊にとって『麻薬』のようなものなんですよ」
ある陸上自衛隊幹部はこう言ってため息をつく。「麻薬」とはいったい、どういう意味なのか。
内閣府による2017年度の世論調査では、自衛隊に対して「好印象を持っている」と答えた人が約9割にのぼった。また、自衛隊に期待する役割については「災害派遣」を挙げた人が約8割と、「国の安全の確保」の約6割を大きく上回ってトップとなっている。
「戦争放棄」「平和主義」が絶対的スローガンとされた戦後日本において、自衛隊は「鬼っ子」として忌避されてきた。いくら黙々と日々の訓練を積み、有事に備えても、「自衛隊などないに越したことはない」といった言説を声高に唱える識者も少なくなかった。国民はどこか、一歩引いて彼らとこわごわ接する面があった。
そうした空気が変わったのは、2011年の東日本大震災だ。津波で押し流された泥にまみれながら、被災地のがれき処理、そして被災者の救助活動に取り組む姿が国民に広く好印象を与えた。以来、この国で頻発する自然災害に際して「人々を助けるヒーロー」というイメージが確立し、国民にも受け入れられる存在になってきた。
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一見歓迎すべきことのように思える現状の何が、先の陸自幹部は問題だと言うのか。
「自衛隊とはそもそも、何のためのどのような組織なのか――そうした根本的な問題に、誰も向き合わなくなった。災害支援がそのための口実になっているということです。
あくまで軍隊として外敵に立ち向かうための組織である、と自己定義するならそのための訓練をすべきだし、災害支援に特化する道を選ぶのであれば、その専門的な技能を養うべきでしょう。しかし今の自衛隊は、どっちつかずの曖昧な状態に置かれている。結果として、全体の士気も練度も落ちていくことが問題なのです」
近年ではメディアも、前述したような国民感情の変化に沿って、被災地に入る自衛隊を好意的に報じることが増えた。しかし、高まる世の中の期待とは裏腹に、自衛隊内部には葛藤があるのだという。
「例えば、陸自で最精鋭の第1空挺団(千葉県船橋市)が昨年、千葉県での豪雨被害を受けて、倒木を伐採するなどの支援活動をして話題になりました。一般社会から見れば『社会貢献活動に取り組んでいて偉い』というだけでしょうが、その間、彼らの訓練活動は中止されます。
いくら精鋭とはいっても、彼らは災害支援のプロフェッショナルではなく、その点では体力のある素人とさほど変わりません。もちろん災害支援も命令ですから、嫌な顔は見せないでしょうが、『最精鋭の部隊に配属になったのに、木を切らされるのか』と違和感を持った隊員も少なくないと聞きます。実は優秀な隊員ほど、自分の存在意義に疑問を抱き、除隊の道を選ぶ者も多いのが現状です」

こうした問題があることは、筆者も別件の取材を通して知っていた。以前執筆した「自衛隊員のメンタルもやられた豚コレラ『5万頭殺処分』の壮絶現場」では、自衛隊が豚コレラに感染した家畜豚のと殺処分に動員されていることを報じた。また捕鯨問題の取材では、鯨肉の消費が落ち込む中、ある自民党議員が「クジラの肉が余ったら自衛隊に食べさせればいい」と発言するのを聞いて、自衛隊が国から悪い意味で「便利屋」のように扱われていると感じたものだ。
とはいえ、災害支援による国民からの「好感度上昇」を今さら手放すわけにもいかない。陸自の別の中堅幹部が言う。
「自衛隊には、演習の騒音問題などで周辺住民との軋轢がつきものでしたが、災害派遣が広報されるようになってから、住民の対応も全く変わりました。『物騒な邪魔者』から『いざというときに頼りになる存在』になったというわけです。世論を味方につけ続けるためにも、災害支援はやめられなくなっている。
また、これは陸自特有の問題ですが、人口減の時代にあって、政府は陸自の隊員数を減らす方向で話を進めています。その中で、予算などの利権を維持するためにもなるべく組織の規模を維持したい陸自にとっては、災害支援はいわば渡りに舟だった。警察や消防の活動範囲に食い込めるのはそこしかなかったんです。警察は県境より外にはなかなか展開できない。消防は人員が限られている。その点、自衛隊は全国展開できますから、適任だと主張できた」
自衛隊にとって災害支援が大きなウェイトを占めるようになっている現状を、重く見ている組織がある。米軍である。
「軍隊」でも「災害支援隊」でもない、いわば宙ぶらりんの組織となった自衛隊について、ある米軍関係者は日米共同訓練に参加した際の経験を踏まえて「自衛隊は、米軍からレベルが低すぎて見放されかけている」と重い口を開いた。
「調整の中でミスコミュニケーションが起きるのは日常茶飯事です。誰が窓口かも確認せずに適当にやりとりしておきながら、こちらからメールを送っても反応しない。結果、物品が届かなかったり、必要な支援が提供できなかったりします。また、自衛隊側が欲しいというから最新兵器による支援の準備をしたのに、そもそも使う能力がなかったと後々判明したということもありました。我々に本当に協力して欲しいと思っているのか、疑問に思わざるを得ません。
また、軍事組織であるにもかかわらず指揮系統が定まっておらず、米軍では少佐にあたる3佐に判断を仰いでも『私には権限がありません』といちいち持ち帰って上司に相談するため、ものすごく意思決定に時間がかかる。何のために階級があるのかわからない。

英語できちんとしたコミュニュケーションもできませんから、現場レベルではトラブルが頻発しているし、米軍からクレームが来ると逆ギレする。計画の調整をしようとしても『一生懸命頑張ります』としか答えられない。信じられないと思うかもしれませんが、これが米軍から見た自衛隊の実情なのです。
米軍側も日米関係には亀裂を入れたくないですから、現場のいざこざには『大人の対応』で上官には強く報告せず表ざたになっていないだけで、相当不満がたまっています。米軍幹部も当然このことは承知していて、『はっきり言って、面倒をみるのはこりごりだ』『日米共同訓練はできればやりたくない』というムードがある」
ある防衛省幹部は、こうした米軍の本音を筆者が伝えると「返す言葉もない」と恐縮した。
「私も組織の人間ですから申し上げにくいのですが、その通りと言わざるを得ない。
勘違いしないで欲しいのは、個別の部隊は優秀なんです。真面目に訓練もしている。問題は、そういう部隊がどう動くべきかをマネジメントする人材が圧倒的に不足しているということです。計画にない不測の事態に対応できる力、異なる文化の組織とうまく協働する力、これらが圧倒的に足りていない。
これは自衛隊の訓練の仕方にも問題があります。たとえば演習では『攻める側はひたすら攻めて、守る側はひたすら守る』というような訓練をしているのですが、テロリストやゲリラと対峙した際に、相手がそのような折り目正しい攻撃をしてくるでしょうか?だまし討ち、ゲリラ戦法なども序の口でしょう。
しかし、訓練で不意打ちをすると『卑怯だ』とののしられる。これでは臨機応変な戦闘なんてできっこない。まさに『訓練のための訓練』をしているだけだ、と言われても仕方ありません」

組織をどう構築し、どう活かすかというビジョンがなく、現状維持と前例踏襲に縛られて現場の効率が上がらず、全体のパフォーマンスが停滞する――この悪循環は、日本型組織が陥る典型的な病理だ。陸自もその例に漏れない、いや、日本でも有数の「ダメ組織」であると若手の陸自幹部は明かす。
「企業では『働かないオジさん』が問題になっていますよね。自衛隊もまったく同じですよ。
陸自の組織では、一般企業でいう課長クラスの1佐以上に昇格すると、多くの人は仕事の負担が圧倒的に減ります。そこに昇格するまでは、朝5時起き・残業はエンドレスのブラックな労働環境なのですが、そこから抜け出してしまえば、部下からと忖度される側になり、とことん物を考えなくてもよくなってしまう。
広報対応などの業務はすべて部下が応答要領を書いてくれるし、間違っていた場合は当然部下が責任をとる。時間とエネルギーが余るので、組織内政治に走る人、筋トレばかりして『サムライ化』する人、部下の仕事の重箱の隅をつついて現場を混乱させる人が出てくる。
私の同僚にも、上官に『「てにをは」が気に入らない』と報告書を何回も突き返されてノイローゼになった隊員がいました。幹部の部屋には基本的に産経新聞しか置いていませんから、イデオロギー的に偏っていることも多い。そういう幹部が米軍のエリートに『ブレクジットについてどう思うか?』などと聞かれても、まともな話ができるわけがない。向こうからは『なんでコイツがこんなに偉いんだ?』と思われているでしょう」

戦後の日本は現場力が支えてきた。優秀な技術者や営業マンのミクロな努力が、時代に合った製品やサービスを生み、国の地位を押し上げてきた。しかし大局を考えずとも、ひたすら目の前の仕事を片付ければ結果が付いてきた時代はもう終わった。
米中が突入した「新たな冷戦」を見るまでもなく、世界のパワーバランスは再び大きく揺れ動いている。いつ米国が「ひとり立ち」を要求してきても、いまやおかしくない。自衛隊にも、己を組織に捧げる「兵隊」だけでなく、大局を見極めリスクとリターンを吟味し、決断を下せる「将」が必要になっているということだ。
しかし、いまの陸自内部には、そうした理想とかけ離れた惨状がある。組織改革の足かせとなっているのが、幹部養成学校である「防衛大学校」が抱える問題である。(以下、第2回につづく)