槇原敬之逮捕 覚せい剤の世界へ引き込んだ“追っかけ恋人”との深い関係

2月13日、歌手の槇原敬之容疑者(50)が覚せい剤取締法違反の容疑で警視庁に逮捕された。自宅マンションで覚せい剤およそ0.083グラムを所持していた疑い。槇原容疑者は1999年8月にも覚せい剤取締法違反で逮捕され、懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けている。
1999年8月の逮捕時、当時の恋人が槇原容疑者を覚せい剤の使用へ「引き込んだ」と証言していた。当時の記事(1999年9月16日号)を再編集のうえ、公開する。
※記事中の年齢や日付、肩書き等は掲載時のものです。
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「がっちり、むっちり、ぽっちゃり系が、マッキー(模原の愛称)の好みなのよ」
8月26日、覚醒剤所持で現行犯逮捕された、シンガーソングライターの槇原敬之 (30)。彼の“趣味”は、同好の士の間では公然の秘密だった。
槇原の住む港区南青山のマンションで、一緒に逮捕されたのが、“友人”と称する無職・奥村秀一(23)。押収された、約1グラムの覚酸剤について、槇原は「自分が、奥村に買いに行かせたもの」と認めている。部屋には、奥村の着替えや日用品もあり、2人は、親しい間柄だった。
「伝言ダイヤル」にはクスリの取引用のウラ番号が
奥村は、まさに槇原好みのタイプ。2人はどこでめぐり会ったのか?
事件を取材する社会部記者は解説する。
「昨年3月に、覚醒剤所持で逮捕された大蔵省元課長補佐が“シャブ仲間”と知り合ったのは、ゲイ専門の伝言ダイヤルでした。槇原クラスの有名人になると、人目をはばかって、新宿二丁目に出入りするわけにもいかず、伝言ダイヤルを使って相手を探していたようです。“太め”“体育会系”などと好みによって登録番号が分かれ、中にはクスリの取引に使われるウラ番号もあったようです」
伝言ダイヤルで槇原と知り合い、一度だけデートをしたことがあるという、20代男性の証言。
「マッキーは、愛車のチェロキーで、待ち合わせ場所にやって来た。いきなり有名人が現れたので、ビックリしたけど、気を遣って何も言わなかったから、安心して車に乗せてくれたみたい。横浜までドライブに連れていってくれました。カーステレオで自分の曲をかけ、さりげなく口ずさんだりするんです。プラトニックなデートで、エッチはなかったけど、きっと優しいおネエ役なんじゃないかな」
『どんなときも。』『もう恋なんてしない』などの大ヒットを持つ槇原の曲は、歯切れのいいメロディーに、切ない恋心を包み込んだのが多い。
もっとも歌詞は、君と僕の二人称で構成されており、同性間の恋にも、十分置き換えが可能。「しんみり来る」と、ゲイの間にも熱烈なファンが多い。奥村もまた、槇原に耳元で歌を囁かれたのだろうか。
一緒に逮捕された恋人の素性
奥村は、以前、歌舞伎町のニューハーフクラブで働いていた。
「源氏名は桃山金太郎、後では遠山金太郎と名乗ってたわ。性転換はしていなくて、もっぱら道化で、座を盛り上げる役。素顔は宍戸開に似てて、スリーサイズは、上から 100・100・100。ウチに勤め始めた18歳くらいの頃から、『好みのタイプは、断然マッキー』と言ってた。 音大の附属高校で作曲の勉強をしていたけど、途中でやめてしまった、と言っていたから、ミュージシャンとしても、(槇原を)すごく尊敬してたみたい」(元同僚)
なんと、“金ちゃん”は“追っかけ”だった! そして“相思相愛”の二人は、遠からずして赤い糸をたぐり寄せる。
「20歳ぐらいの時、本物のマッキーと知り合い、『ピアスをもらったの』と、嬉しそうに見せびらかしてた。ただ、あの頃は、金ちゃんに別の彼氏がいた。だから、本格的に付き合いだしたのは、2年ほど前に、ここをやめてからだと思うけど」(同)
関係者は「曲がうまく作れず、鬱っぽかった」と証言
音楽関係者によれば、槇原は、「付き合っている相手から、曲のアイデアをインスパイアされることがある」と、 語っていたという。
一方で、「(槇原は) 最近曲がうまく作れず、鬱っぽかった。クスリに手を出したのも、そのせいではないか」と証言する関係者もいる。
果して、金ちゃんとの間に何があったのか。
年下の恋人が、槇原をかばうような供述を
本富士署の調べに対し、奥村は「自分は2年前から、槇原は1年前から、覚醒剤を始めた」と供述、暗に自分が引き込んだと認めた。しかし前出の元同僚は、「(槇原を)かばって言ってるんでしょうけれど、マッキーも、年下の金ちゃんに責任をかぶせるんだったら、ずいぶんケツの穴の小さい男ね」
と、憤慨する。
槇原の部屋からは、覚醒剤以外にも、違法の幻覚剤MDMA(通称エクスタシー)が発見された。9月以降のコンサートは中止、CDも回収となり、損害額は数十億円にのぼるとも言われる。
(「週刊文春」編集部)