現場報告 日本のサケ漁獲量が過去5年間で半減している

――サケが、獲れない。
そう嘆くのは、富山県魚津市にある呉東内水面漁協組合の漁師たち。彼らは毎年秋になると、網を使った「鮭やな漁」という漁法で、繁殖のために川に遡上してきたサケを獲っています。
漁師たちが川幅いっぱいに網を持ち上げて
この日、朝から松村良一さんの案内のもと訪れたのは、富山七大河川のひとつである「片貝川」。
水面に目をこらしていると、時折「バシャッ」としぶきがあがり、流れに逆らって勢いよくサケが泳いでいるのがわかりました。「いたいた! あそこにいる!」と大興奮の取材班を横目に、漁師たちは7人がかりで川幅いっぱいに網を持ち上げながら、追い込むようにゆっくりと歩を進めます。
網の中からまだ元気なサケと、すでに繁殖を終えてボロボロになったサケを選り分け、1匹ずつ抱え上げてかごの中に移していきます。この日の漁で獲れたのは、およそ30匹の親魚。全長は70~80cmで、卵で腹部が膨らんだメスも含まれていました。
しかし松村さん曰く、この日は「例年に比べればさっぱり」の出来。長年鮭やな漁に携わっている漁協組合の方々によれば、以前とは明らかに川の様子が違うのだと言います。
「史上最悪」の事態に
「近年、サケの漁獲量は年々減ってきています。今年は去年の3分の1、去年は一昨年のさらに3分の1しか獲れていないので、2年間で9分の1まで減ったことになりますね。今日は運がいいです。これでもかなり獲れている方ですよ」
例年秋を迎える頃には、片貝川は遡上したサケで溢れかえっていたそうです。大量のサケを引き揚げるにも相当な労力がかかるため、数人がかりで毎日川に入っても、次から次へと仕掛けにサケがかかり、作業に丸一日かかることもめずらしくなかったのだとか。しかし、サケの数は目に見えて少なくなり、最近では、川に入る時間は30分もあれば事足りてしまうほどに。
魚津市のサケの漁獲量は、松村さんが知る中でも「史上最悪」になってしまったのです。
全国のサケは約半数にまで減少している
ところが、漁獲量が少なくなっているのは魚津市だけではありません。農林水産省の発表しているデータ(図1)によると、平成28(2016)年以降、全国の河川におけるサケの漁獲量は、約半分ほどにまで減少していることがわかります。
そのため、松村さんたちは国が定めた漁獲量の目標を達成するために、あらゆる手を尽くしています。特に、捕獲した野生のサケから卵と精子を取り出し、人工的に受精をさせて生まれた稚魚を放流する「孵化放流」は、彼らが特に力を入れている取り組みの一つ。
採卵場で受精してから、誕生した稚魚が放流できる大きさになるまでには3ヵ月ほどかかります。その間、卵が安定して育つように常に水を流しながら、こまめに健康状態をチェックし、死んだ卵があればひとつひとつ手作業で取り除いていきます。
去年は約170万粒を採卵して稚魚を孵化させましたが、放流した稚魚が成長して、再び川に遡上して戻ってくる「回帰率」はわずか0.03%。
人手不足の中、ほとんど無償労働で100万匹を放流しても300匹ほどしか帰ってこない現状に、漁協組合の人たちは頭を抱えています。
なぜサケが減っている?
そもそも、なぜ日本で獲れるサケの数が激減しているのでしょうか。水産学者であり、北海道大学名誉教授の帰山雅秀さんは、「地球温暖化にともなう海水温の上昇が影響している」と指摘します。
これまで、日本のサケには幼魚のうちに沖合へ移動する「回遊ルート」がありましたが、表層水温の上昇により、2000年代以降、適切な時期に海を移動することが難しくなりました。また、夏は暑く、冬は寒い近年の傾向から、サケは適温下での十分な成長ができないまま沖合へ移動しなくてはならず、日本沿岸の滞在日数は短縮、結果的に生残率が下がったことが明らかになったのです。
サケの回復には、河川生態系の修復が不可欠
さらに、帰山さんはサケの保全にあたり、「孵化放流」のみでは解決ができないとしています。
人工孵化によって飼育・放流されたサケは、野生のサケに比べて環境の変化に適応する力が弱く、また野生のサケよりも栄養段階が低いため、生態的な地位も低いようです。例えば、ベーリング海などでは野生魚が成長に最適な沿岸部や大陸棚に分布し、孵化場魚は沖合へ追いやられてしまうと言われています。サケ幼魚は日本周辺の沿岸生活期と海洋での最初の越冬時に著しく減耗します。孵化場魚は、特に温暖化のように不適な環境になると野生魚より適応力が劣るため、著しく減耗するようです。
そこで必要となるのが、「地球温暖化などの環境変動下における、サケの持続可能な保全管理」。野生のサケの回復には、河川生態系の修復が不可欠です。そのためにはまず、地球温暖化によって海や河川の生態系がどのように変化したかを解明し、調査研究を行う研究機関と、水産資源を管理する行政や科学者が連携して段階的に行う「生態系アプローチ型管理」が、重要なカギとなります。
生物としての「サケ」を守れるか
これから先、サケの持続可能な保全管理のためには、人的資源の確保も重大な課題です。現場でサケと向き合ってきた漁協組合の人々は、すでに定年を超え、ほとんどボランティアとして漁を行なっています。当然そんな状況では若い人は集まらず、後継ぎもいない。足腰に鞭を打ちながら冷たい川に入る毎日に、現場の水産業者たちは「もうたまったもんじゃないですよ」と、「生業」としてのサケ漁存続の難しさを口にしました。
近い将来、国産のサケが、食卓に並ばない日がくるかもしれない。
お歳暮の定番である「新巻鮭」に象徴されるように、サケは大切な日本の文化でもあります。サケの不漁は、生態系の問題であると同時に、日本社会のカルチャーの問題でもあると言うべき事象ではないでしょうか。
日々の生活の中ではなかなか身近に感じられない環境問題ですが、水産資源を、野生の生物を守るためには、消費者である私たち一人ひとりが現状を知り、当事者としての意識を持つことが求められます。
今、世界中で注目を集めるSDGs(持続可能な開発目標)も、同様の目的を持って掲げられたものです。企業や個人が「このままではいけない」と考え、生物の保全に向けて協調しながら取り組めば、深刻な社会課題ですら解決が可能になることを、少しでも多くの人に知ってほしいと願います。
取材協力=魚津市食のモデル地域協議会 写真=山元茂樹/文藝春秋
(吉川 ばんび)