◆「令和」最初の確定申告
2月17日(月)から令和最初の確定申告が始まった。確定申告は面倒だという人もいるが、書類を作って申告することによって、国や地方に納入している税金の額がきちんとわかって税の使われかたを自ずと考えるようにもなる。社会保険料も年間でいくら払っているのかを再確認できる。厚生年金が高いという声があるのは、給料からの天引きであったとしても届く明細書にいくら払ってると明記しているから、多くのサラリーマンがため息をつくのだ。
現在、確定申告をする人は2200万人ほどいる。2020年1月に発表になった勤労者統計によると、就業者数は6700万人以上いるので、2200万人ということは働いている人の3分の1程度である。フリーランスや自営業者など、確定申告で税金を納める人もいるけれど、サラリーマンなどが申告するのは大てい税金を戻してもらうためだ。税金を徴収するときと違って払いすぎた税金を返してもらうには、自分で書類を集め、確定申告書などに記入し提出しないと戻ってこない。
最近は医療費控除に加え、ふるさと納税のための確定申告をする会社員も増えた。
◆カタログショッピング化した「ふるさと納税」
ふるさと納税については多くの人が知るようになった。ワイドショーやニュース番組、雑誌などでも特集を組まれることがよくあるからご存知の方も多いだろう。まとめておくと、これは2008年に始まった寄付金納税の仕組みのひとつだ。その趣旨は、少子高齢化で財政難に困る地方の自治体の財政を応援しようというものだった。そこで、都会に住む人にとっての生まれ故郷、いろいろとつながりのある地方、これから住んでみたい場所、応援したい自治体など、自分の住んでいる地域以外の地方公共団体に寄付をして財政的に支援する制度ということだ。寄付なので、寄付をした本人は何らかの負担があってしかるべきなのだが、実態は年間2000円程度の自己負担額以外の本人負担をしている人は極く僅かだ。この制度が人気なのはスキームの範囲できちんと申請すれば寄付金全額が本人に戻ってくるものだからだ。つまり、自分の住所がある自治体から他の自治体に住民税の一部を移転させるだけのものなのだ。さらに、この制度では、寄付した金が戻るだけでなく、寄付された自治体は寄付をしてくれた人にお礼の品、返礼品を送ることができる。つまり、納税者は実質的な負担がないまま、お礼の品を地方から受け取ることができるのだ。その品数は20万点以上もあり、もはや地方自治体の財政を応援するというよりも、無料で楽しめるカタログショッピングのような状態になっている。
もちろん少子化などにより税収が減り財政難に悩む多くの自治体はこの寄付金制度に飛びついた。10万円の寄付を得るために9万円の返礼品を渡したとしても、地方自治体は痛くもかゆくもない。1万円が手元に残るからだ。私だって、もし9万9千円くれたら10万円あげると言われたら、幾らでも交換に応じる。それと同じ考えをする地方自治体が出てきたのは自然なのである。そして、ふるさと納税制度を紹介するサイトや目先の損得しか考えないお抱え経済ジャーナリストなどは、この制度をこう説明する。
“みんなで地方を応援しよう”、”あなたの懐は痛まない”。つまり、寄付をする人の実質負担はなく、お礼の品、返礼品がもらえる。返礼品の多くはそれぞれの地方の名産品なので、地方経済にプラスに働き、寄付金が入る地方の財政は豊かになる。3者が皆がハッピーになる制度などと説明する。
なるほど!と思ったら大きな間違いだ。あなたが住んでいる地方自治体の財政はどうなるだろう、という視点が完全に欠けている。あなたが納める住民税は、あなたの地方の福祉や教育、行政サービスの財源である。それらが、どんどん他の地方に移転してしまって減ったらどうなるか?実際に都市部の自治体は財源が大きく減ってしまい困っている。例えば、神奈川県の川崎市は税収がふるさと納税のために49億円も税金が流出してしまい困ってると公表した。いや都市部だけでない。地方に住んでいる人でさえ、ふるさと納税を申告し本来は地元自治体に入る税金を他に送金してしまうので、自分の住んでる地方自治体の財政を大きく毀損している。困った自治体は、よその自治体に住む人から税金をもらわないとやっていけない。そのために、魅力的なお礼の品を並べる。こうして、地方自治体のふるさと納税無料ショッピング・カタログは分厚くなったのだ。
◆地方自治体による住民税の奪い合い合戦
つまり、このふるさと納税制度で、財政難の地方自治体の間で住民税の奪い合いをしているわけだ。
平成30年のふるさと納税現況調査について(総務省)によると、その規模は平成29年度には3653億円にもなっている。この活況は、高額の返礼品を使ってのふるさと納税・無料カタログショッピング制度にあるということに異論を挟む人はいないだろう。
その究極の形が先に国と大阪の泉佐野市で司法の場で争われた事件(参照:日経新聞)である。
管轄の総務省は返礼品競争が過当にならないように、ガイドラインを発表したり、指導を行ってきた。地元の産品を使うようにとか、返礼品は寄付額の3割を目安にするようにといったものだ。つまり、1万円の寄付があったら返礼品は3000円程度に、というわけだ。返礼品を金額に置き換えて、寄付額に対する比率を返礼率という。この場合は返礼率は30%となるわけだ。総務省は30%程度としたのに、それを泉佐野市は半ば無視した。
当初はこの基準を守っていない地方自治体は他にもあったのだが、泉佐野市は最後まで一歩も引かなかった。泉佐野市の返礼品の中には関西国際空港が地元ということもあって、当初はLCC・格安航空券に換えることがことができるポイントから始まった。税収は増えたが、泉佐野市は困った。地場の産品で魅力的な商品がそれほどないのだ。例えば、ふるさと納税で人気のカニなどの海産物や高級和牛などの生鮮食料品もない。米もない、そのために人気が出るようにと市販のビールなど地元の商品以外にも返礼品のメニューを増やしたのだ。総務省を始めとする国は制度の趣旨に反していると激怒する。しかし、泉佐野市は抵抗し、最後は返礼率を最大70%まで増やした。地場産業の商品だけでなくアマゾンギフト券も返礼品に加えた。例えば、アマゾンギフト券40%に地元産品20%で返礼率60%という具合だ。1万円の寄付をすると4000円のアマゾンギフト券と2000円の地元商品が届くというわけだ。
こうして、平成28年度に泉佐野市は500億円ほどのふるさと納税の寄付を獲得することになった。6割を返礼品として使ったとしても200億円が手元に残るわけだ。国は対抗措置として地方交付税の特別交付金を災害関連以外の交付をしない、不交付として泉佐野市は4億円ほど税収を減らした。しかし、この金額ではふるさと納税で入ってくる税収に比べれば少ないのは明らかだ。
泉佐野市などは総務省の指導に最後まで従わなかったこともあって、最終的に法改正がされた。総務省の基準に従う自治体だけがふるさと納税の対象になるというものだ。泉佐野市も法改正とともに過当な返礼品制度は中止した。国と泉佐野市が法廷で争った理由は、泉佐野市が法改正前に総務省の指導などに従わなかったことを理由に、市をふるさと納税の対象に加えない決定をしたことによる。つまり、ルール改正前の指導に従わなかったことを理由に制度から除外したことは正当かどうかが争われているのだ。現在も係争中の案件である。
◆金持ち優遇の「ふるさと納税」制度
総務省の法改正によって多少は健全化されたが、ふるさと納税制度は多くの問題を抱えたままだ。その最大の問題点は、高額所得者ばかりが得をする制度ということだ。
先に説明したように、ふるさと納税で寄付をして自己負担金2000円以外の税金を寄付をした人に戻すためには、それぞれの納税額で上限がある。それに従うから寄付をしても負担がなく返礼品がもらえるのだ。その金額は、例えば、夫婦に高校生の子どものいる3人世帯の場合では、年収300万円なら、おおよそ年19,000円まで。年収500万円なら、おおよそ4万9000円、700万円で8万6000円と金額が増える。さらに、1000万円なら16万6000円、2000万で55万2000円と増えていく。つまり、この場合は、1000万円の収入があれば、16万6000円を寄付して、泉佐野市であれば、その7割、11万6000円分の返礼品を得ることができたわけだ。しかし、300万円の世帯であれば、5700円でしかない。住民税はそれでなくても所得に応じて払う所得割の部分は累進課税になっていない。一律15%だ。300万円だろうが、3000万円だろうが、15%なのだ。むしろ、所得割以外に一律の均等割も加わるのでむしろ低所得者の方が重税であることになる。
このように個人住民税は高収入の人に優しい税金になっているのに、ふるさと納税制度でその多くを取り戻すことができるというのは、どう考えてもおかしい。この部分に配慮した法改正は今回の法改正ではなされていない。
また、ふるさと納税がこれだけ増えた理由の一つはインターネットのポータルサイトの充実ということがある。簡単に比較して申し込むことができるからだ。しかし、このポータルサイトは非常に高額の手数料を地方自治体に請求し利益を得ていることを考える人は少ない。つまり、ふるさと納税制度によって本来は地方自治体に支払われる住民税の一部がふるさと納税のポータルサイトに流れてしまっているという現状だ。泉佐野市が最大70%の返礼品を出したと先に述べたが、通常の60%までの返礼率のものはポータルサイト経由でも引き受けたものの、70%のものに関しては泉佐野市に直接申し込むことを条件とした。ポータルサイトに支払う分を寄付者に還元するとして問題提起をしたのだ。
◆「良い面」もあるが、税制度としては不公平すぎる
私はふるさと納税制度を全面的に否定するつもりはない。この制度のおかげで、例えば昨年の沖縄の首里城消失による再建資金の調達や、さまざまな天災による地方の復旧のために返礼品がなくても善意を寄せる人は多数いたからだ。ここには本来の地方を応援しようという趣旨が息づいていると思うからだ。ただ、これらに寄付をしようという人にお願いしたい。ふるさと納税の寄付行為をする際は、ポータルサイトでどのようなものがあるか調べたとしても、直接地元のホームページをたどってそこで直接申し込んで欲しいということだ。個々の事例はわからないが、通常の返礼品があるものはもちろん、災害や文化財消失のための寄付までポータルサイトが手数料を得ている可能性がゼロでないからだ。
このようにふるさと納税制度には様々な問題がある。大きな問題点がある。まずは返礼品制度は続けるべきかということだ。特に高額所得者が本来納めるべき住民税の大半を返礼品という形で取り戻しているという実態だ。そして、税の多くが制度のためにポータルサイトに流れてしまっているということである。これらの改正がなされないのであれば、私はふるさと納税制度は即刻やめるべきだと思う。何しろ、本来救われるべき地方の自治体に住む住民もその住民税を他の地域に渡してしまっているという事態はどう考えてもおかしい。
◆「ワンストップ特例」をする人は要注意
最後にここまで拙文を読んで下さった読者に注意喚起を一つしておきたいと思う。
ふるさと納税制度がここまで盛んになった理由をもう一つあげるとすれば、それは平成27年度に始まったワンストップ特例制度である。それまでも、確定申告をすることによって初めて自己負担は2000円であとは懐の痛まないふるさと納税制度であったものの、確定申告をするのが面倒だからと二の足を踏んでいた人が多くいた。ところが、この新制度によって、年に5つまでの自治体の寄付であれば、簡単な手続きをすれば、確定申告をしなくても寄付金額が戻ってくるようになったからだ。
ただし、このワンストップ特例制度は、確定申告をしない人という条件がある。つまり、医療費控除などでサラリーマンでも確定申告をする必要が出てきた人は、このワンストップ特例制度を申し込んでいたとしても適用されないということになる。戻ってくると思っていた寄付金がきちんと戻ってくるようにしておきたい。確定申告をしない人は税に対して無頓着なことが多い。ワンストップ特例制度を申し込んでいるから、税は戻ってきているだろうと思っているけれど、本当に戻ってきたかどうかを確認している人は思いの外少ないものである。全ては人がやること、システムだって間違いはある。どうか、取らぬ狸のなんとかにならないように注意してもらいたい。
ただし、確定申告をしなくても戻ってくる税金がある。それは、ふるさと納税を利用した人が使っているワンストップ特例制度で戻ってくる所得税や法人税なのである。
<文/佐藤治彦>
【佐藤治彦】
さとうはるひこ●経済評論家、ジャーナリスト。1961年、東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。JPモルガン、チェースマンハッタン銀行ではデリバティブを担当。その後、企業コンサルタント、放送作家などを経て現職。著書に『年収300万~700万円 普通の人がケチらず貯まるお金の話』(扶桑社新書)、『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』 (扶桑社文庫・扶桑社新書)、『しあわせとお金の距離について』(晶文社)、『お金が増える不思議なお金の話ーケチらないで暮らすと、なぜか豊かになる20のこと』(方丈社)、『日経新聞を「早読み」する技術』 (PHPビジネス新書)、『使い捨て店長』(洋泉社新書)