【柳原 三佳】「揺さぶり虐待」を疑われた夫妻が語る「地獄のような5年間」 無罪判決から見えてきたこと

ひとたび起訴されれば有罪判決を受ける確率が99.9%という刑事裁判において、無罪が続出する異常事態が起こっている。脳に出血などが見られた乳幼児が「SBS(揺さぶられっ子症候群)」と診断され、保護者が虐待を疑われたケースだ。
SBSとは、乳幼児の体を強く揺さぶることで脳に引き起こされる重篤な症状のこと。場合によっては死に至ることもあるとされ、親の虐待が疑われることが多かった。しかし、この理論は諸外国ではすでに「仮説」に過ぎないとされ、日本でも専門医から安易な診断に批判の声が上がっている。
2019年10月、2020年1月、そして2月6日に大阪高裁で、このSBSに関わる3つの事件について、逆転無罪判決が下された。翌2月7日にも東京地裁で無罪判決が下され、SBS理論を根拠にした訴追の危うさが明らかになりつつある。
大阪高裁(筆者提供)

そんな中、大阪高検は2月19日、大方の予想に反して上告をおこなった。高裁の判決で、「(検察側の)医師の見解には厳密な審査が求められる」など、検察側の証人の信ぴょう性が徹底的に否定されたにもかかわらず、である。弁護側は、SBS理論で有罪にこだわり続ける検察官の姿勢に強い憤りをあらわにしている。
以下では、落下事故にもかかわらず、「生後間もない我が子を強く揺さぶった」として殺人未遂容疑で逮捕された一人の母親・井川京子さん、忠雄さん夫妻(ともに仮名)へのインタビューを掲載する。2月6日に無罪判決が下された事件の当事者だ。
無実の罪で子どもたちと引き裂かれ、被告人として刑事裁判の法廷に立たされた彼女が、苦しみの中にあった5年の歳月を夫と共に振り返り、SBS(揺さぶられっ子症候群)事件の取材を続ける筆者に語った。
――2月6日に大阪高裁で逆転無罪判決が出て、ようやく落ち着いた日々を取り戻されるものと思っていましたが、19日、上告期限の間際になって大阪高検が上告してきました。
井川京子(以下京子) これまで、ずっと裁判を傍聴していただきありがとうございました。まだまだこの先も苦しめられる事になりましたが、なんとか頑張りたいと思います。
――井川さんの主任である秋田真志弁護士も即日、「科学的根拠に乏しいSBS仮説に依拠した一部の医師のみの供述に基づき、自らの訴追の誤りを認めようとせず、あくまで有罪にこだわり続ける検察官の姿勢には、強い憤りを禁じ得ません。上告審においても、検察の誤りを徹底的に明らかにしていく所存です」というコメントを出しました。
会見する秋田弁護士(筆者提供)
京子 はい、高裁判決文を見ると検察側の主張はすでに破綻しているのに、ここまでしてくる執念に恐ろしさを感じています。でも、無実を信じて闘ってくださっている弁護士さんや、法廷で証言してくださった脳神経外科医の方々には本当に感謝しています。

――2月6日、大阪高裁での判決の日、「無罪……」という言葉を聞いたときは、どんな気持ちでしたか?
京子 一瞬、聞き間違いかと思いました。一審の有罪判決が、あまりに酷すぎる架空の話のような内容だったので、正直言って期待していなかったんです。
――たしかに、「揺さぶり虐待だ」と認定した一審と「揺さぶりでは起こりえない」とした二審の判決文をみると、まったく逆の判断をしていますね。
京子 一審判決は検察側の小児科医の意見だけを全面的に採用していましたが、二審の裁判官はとても丁寧に真実を見極めて、検察官の暴走を止めてくださいました。私が殺意を持って長女に強い揺さぶり虐待をしたという事実はないとはっきり認めてくださいました。ただ、子どもにケガをさせてしまったことは事実です。それは母親である私の責任ですので、たとえこの先無罪が確定したとしても、手放しで喜ぶことはできません。
井川京子さんが長女(生後1か月半)に対する殺人未遂容疑で大阪府警察本部に逮捕されたのは、2014年12月の落下事故から約9カ月後、2015年9月16日のことだった。京子さん自身、なぜ逮捕されたのか、まったく理由が分からなかったが、逮捕された当日には、実名はもちろん、顔写真や動画も出され、各メディアにより、以下のように大きく報じられた。
〈生後1カ月の長女に暴行して殺害を図り、頭蓋骨骨折などで重体にさせたとして、大阪府警捜査1課などは9月16日、殺人未遂容疑で、母親で大阪市***の無職、井川京子容疑者(*仮名・34)を逮捕した。逮捕容疑は昨年11月10日から12月18日ごろの間、自宅マンションで、長女に何らかの暴行を加え、殺害しようとしたとしている。
長女は意識不明の重体で病院に搬送されたが、現在も意識が戻らず入院中で、てんかんなどの完治不能の後遺症もあるという。府警によると、同年12月18日午後6時ごろ、井川容疑者が「長男が娘を床に落としてから、反応がなくなり、ぐったりしている」と119番。府警が調べたところ、長女は頭の2カ所が骨折しており、ほかにも頭部を揺さぶられた形跡があった〉(「産経新聞」2015年9月16日 *記事中は実名)

――高裁判決の日、ご主人は海外出張中だったそうですね。
井川忠雄(以下忠雄) はい、あの日はアメリカのネバダ州にいました。現地時間は夜の10時頃でしたが、ちょうど判決が言い渡される頃かなと気にしていたところ、SBS(揺さぶられっ子症候群)の家族の会の方からメールで速報が入り、無罪になったことを知りました。
――逆転無罪と知ったときはどう思われましたか?
忠雄 「よっしゃ!」と思いました。でも、正直言うとずっと不安でしたね。一審の判決を見る限り、どれだけこちらが正しいことを主張しても、結局、判決は裁判官の気分次第なのだと思っていたので。
――たしかに、司法の世界はなにが起こるかわかりません。ただ、「SBS(揺さぶられっ子症候群)」を疑われた事件の流れは、大きく変わってきていますね。大阪高裁では昨年10月、SBS家族会にご一緒に参加されている山内泰子さん(69)にも逆転無罪判決が出ています。
また今年1月には同じく大阪高裁で、さらに井川さんの判決の翌日にも東京地裁立川支部で無罪が出ており、まさに今、SBS理論が司法の世界で揺らいできた感じがします。たとえば、もう少し時期が遅かったら、こうしたことに巻き込まれなかったのではないかという思いもありますか?
忠雄 たしかに、“巻き込まれた”という思いもありますが、そもそも、子どもの落下事故の原因は親である自分たちにあるので、それだけではないとも思っています。ただ、SBS理論によって、「事故」なのに「虐待=犯罪」と結び付けてしまう、そういう時期にぶつかってしまったのだという感じはします。
長女が生まれた際に撮影した井川さん一家の写真

――井川さんのご長女に起こった落下事故の経緯については、すでに「現代ビジネス」でも複数回取り上げました。また、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(柳原三佳著・講談社)の第1章でも詳しく記しています。京子さんが事故から9カ月後、突然逮捕されたときは、メディアが事前に盗撮などをおこなっていたようで、実名、顔出しで大きく報道されましたね。
忠雄 はい、逮捕されただけで、まだ有罪と決まったわけではないのにすでに犯罪者扱いでした。でも、私が勤めている会社は事情を話したらわかってくれて、信用してくれました。それはありがたかったですね。
――その当時、一番辛かったことは何でしたか。
忠雄 やはり、二人の子どもを取られたときですね。あのときはもう、全て終わった……という気がしました。
――児童相談所による一時保護ですね。ケガをした赤ちゃんだけでなく、2歳半のお兄ちゃんまで、突然、連れて行かれてしまった……。
京子 私はもうどうしてよいのかわからず、子どもたちのことが心配で、心配で、寂しくて、子どもの消えてしまった部屋で生きていることが耐えられないという気持ちでした。でも、私は決して虐待などしていないのだから、少し調べてもらって真実さえわかれば、子どもはすぐに返されるはず、そう信じて記憶の通り説明をしていました。
ちょうど1ヵ月半前に娘が生まれて家族が4人になり、主人は11月に早々とクリスマスツリーを買ってきてくれていました。私も子どもたちへのプレゼントを用意していたんです。でも現実は、長男がどこにいるのかも知らされず、娘と面会することもできず、クリスマス、そして、お正月が過ぎ、息子の3歳の誕生日にも、本人が私たちのもとに子どもが帰ってくることはありませんでした。
忠雄 我々も最初は児相を信用していたんです。あと何カ月で子どもを返すとか、そういうことも言われていたので……。でも、みんな嘘でした。

――結局、ご長男が先にお家に帰されるまで、9カ月もかかったのですよね。その間、ご夫婦お二人でどのように暮らしておられたのですか。お子さんのことにはできるだけ触れないようにしていたのですか?
忠雄 いえ、むしろそのことに触れながら、毎週のように図書館へ行って、過去の判例などを必死で調べまくっていました。こんなことが我が身に降りかかるとは思ってもみませんでしたし、そのときは誰に相談していいかわからなかったので。
京子 私は主人が仕事に出かけた後、たった一人の部屋で、絶望的な気持ちになりました。このまま死んでしまえたら、どれほど楽だろう、そう思ったこともありました。でも、私が死んでしまったら、子どもたちが帰ってきたときに会うことができなくなるのだと、自分に言い聞かせて、毎日、泣きながら待つことしかできませんでした。
2015年10月7日、井川京子さんは正式に起訴された。罪名は「殺人未遂」から「傷害」に切り替わっていた。
検察側は、赤ちゃんの症状をSBS(揺さぶられっ子症候群)と判断した小児科のM医師の意見に基づき、「赤ちゃんの脳に起こった硬膜下血腫は母親による暴力的な強い揺さぶりによる虐待の証拠で、2歳半の兄による低位からの落下事故によって引き起こされるはずがない」と主張。一審の大阪地裁はそれを採用するかたちで、2018年3月、京子さんに懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。
京子さんは即日控訴。二審では弁護側の証人として脳神経外科医らが法廷に立ち、M医師による脳のCTにおける読影の根本的な誤りを指摘し、一審判決の根拠となった重要な「小脳テントの血腫」を明確に否定。
それを受けたM医師が、「小脳テントの血腫」についての自身の証言を、自ら「オーバー気味の読影だった」と撤回。「別に削除しても問題はないかな、と思っています」などと軽い口調で打ち消す場面もあった。
西田眞基裁判長は、M医師の証言について、「本件で有罪を導く推認の最も重要な基礎となるCT画像の読影に誤りがあったことを自認するものであり、到底見過ごすことができない」と厳しく指摘。結果的に、京子さんに逆転無罪を言い渡した。

――2014年の突然の事故から5年以上という長い時間を経て、高裁で逆転無罪の判決が出ました。しかしことここに至っても、検察は上告してきました。最終的な結果が出るまでにはまだしばらくかかりそうですが、ご夫妻は今、誰に、何を言いたいですか。
忠雄 そうですね、まあ、このようなことがあっても向こう側(検察側)の人たちが謝るとか認めるとか、そういうことはまずないじゃないですか。おそらく、裁判で負けたところで、なにがおかしかったのかに気づくこともないんだろうと思います。だから、謝罪など期待はしていません。ただ、間違いはちゃんと認めてもらいたいとは思います。
――CTの読影を間違うなど、検察側の医師が明らかな誤りを犯したことを、誤りだったと認めてほしいということですね。
忠雄 そうです。自分たちが「誤った」ということを、ちゃんと自分の言葉で認めてもらいたいです。結局、どの事件も、SBS理論に基づく一部の医師たちの意見だけに影響されてきたような気がします。当事者から見れば、まるで宗教のような感じすらしました。
――SBS理論を肯定する医師とみられる人物からは、揺さぶり虐待を否定する京子さんに対して、また京子さんの弁護団に対しても、ツイッターで攻撃的な書き込みがされたようですね。
忠雄 はい、医師という立場の方がここまでしてくるのかと思うと、本当に怖かったですね。とりあえず証拠の画像は保存し、書き込んだ方のアカウントも特定しています。

――忠雄さんはそうした専門知識をお持ちなのですね。
忠雄 でも、この件に関わった人たちは皆、結果がどうであれ、自分に責任はない、関係ないと思っているんでしょうね。たとえば、警察は「医師がSBS(揺さぶられっ子症候群)だというから捜査をした」、児童相談所も同じく、「医師が虐待の疑いがあるというからマニュアルに従って子どもを保護した」と言う。
そして、揺さぶり虐待をしたと証言した医師たちは、「一審で有罪という判断をしたのはあくまでも裁判官だ」と言い、裁判官は「医者が虐待だというからその意見に従った」と……。結局、それぞれが自分の価値観だけでまっとうし、責任は誰も取らないでいい、だからそんな適当なことができるのではないかと感じました。
――たしかに、虐待から子どもを守らなければならないというのはわかりますが、専門外の医師による判断だけに頼った結果、虐待を疑われてしまった家族が、その後、どれほどの苦しみを味わっているか……。警察や検察、裁判官、そしてこの問題に携わる人たちすべてに、SBSを根拠にした訴追について、根本的に考え直していただきたいですね。
忠雄 ただ、これはSBSだけの問題ではないと思うんです。警察、検察、児相、裁判所……、今の日本、国が絡んだ機関はかなり問題があると感じています。だからこの先、SBS問題が解決したとしても根本は変わらないのではないかと、正直失望しています。
――それは、あきらめのような気持ちでしょうか。井川さんご夫妻は、これまで国からあまりに酷い仕打ちを受けてきて、もう、期待することはやめよう、怒ってみても仕方がないという自己防衛本能が働いているのかも。
忠雄 そうかもしれませんね。本当に酷いことをされましたからね。真剣に怒ったところで、仕方がない、どうにもならない、日本なんてこんなもんや、と自分で思おうとしているのかもしれないですね。

京子 私、思うんです。そもそもこの裁判は、いったい誰のために行われたのかと。SBS理論を信じて、捜査機関に協力する医師たちは、もともとは子どもを虐待から守りたいという思いで活動されていたのだと思います。でも現実は、当事者にもけがをした子どもにも会いもせず、何ひとつ事情を聴かず、まったく見当違いの判断をされました。
その結果、私たち家族が行き着いたこの状況は、果たして、子どもを守ったと言えるのでしょうか? 同じ状況に置かれているご家族はまだまだ大勢入らっしゃいます。どうかこれ以上、子どもたちとその親を苦しめないでください。
――まだしばらく裁判は続きますが、頑張ってください。ありがとうございました。
*SBS(揺さぶられっ子症候群)を疑われていた井川さん夫妻の長女は、2018年10月、児童相談所の保護下で入院中に亡くなられました。享年3歳と11カ月。家族と暮らせたのは短い人生の中のわずか1か月半でした。ご両親は高裁で勝ち取った逆転無罪判決を報告することすら叶いませんでした。心からご冥福をお祈りします。
※この事件の詳細については、以下の過去記事もご参考ください。
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