熊本県内で最初の新型コロナウイルス感染例となった20代女性が勤務する「熊本託麻台リハビリテーション病院」(熊本市中央区)は、感染確認当初から病院名を公表した。「“犯人捜し”や疑心暗鬼を避けるため」。病院側は逆風も覚悟の上だったが、「見えない恐怖」の風圧は想像を超えた。全国で感染拡大が続く中、地方病院が直面した現実とは-。
2月21日夕。保健所から病院に一本の電話が入った。「感染者が出た」。感染者は、この病院に勤務する女性看護師。17日からせきや熱の症状が現れ、自宅療養中だった。
病院はすぐに22日からの外来診療や面会中止を決定し、発症前日にマラソンの応援や夕食を共にした病院職員11人に自宅待機を命じた。パートを含む約420人の職員について、感染した場合に立ち寄り先を確認できるよう、行動の把握を開始。8割が高齢者という約130人の入院患者の巡回を増やし、体調の変化を細かく記録した。
22日未明にあった熊本市長の記者会見で病院名が公表された後は、入院患者の家族からの切迫した問い合わせが殺到した。「うちの母は大丈夫か」「感染していないか」。対策本部長を務めた芹口英則事務局長は「まだ証明はできていない」との思いを抱きつつ、こう答えた。「病院内は基本、安全です」
安全がほぼ証明されたのは28日。女性と接触した同僚11人がウイルス検査で陰性と確認され、一時体調を崩した職員や入院患者も回復。今月2日からは通常診療の再開にこぎつけた。
だが、職員たちを悩ませたのはウイルスの恐怖だけではなかった。
「子どもを通わせてもいいですか」。ある職員が、幼稚園に電話確認すると園側から「困ります。いったん自宅待機を」と登園を断られたという。職員の配偶者が勤務先に出勤停止を命じられたケースも。安全確認期間中、職員の家族が自宅待機や出勤停止となった件数は約50件に上る。
影響は、外来やリハビリ通院の約650人にも広がった。リハビリに通う子どもが小児医院で診療を拒否されたケースがあったほか、院内感染の疑い払拭(ふっしょく)後も「(託麻台病院の患者は)受診前に必ず電話を」と掲示したままの医療機関もある。
感染者と接触があった人、同じ職場で働く人、さらにその家族までもが社会的に隔離され、安全確認後も色眼鏡の不安視が消えない-。保健所からの連絡後、託麻台病院に立ちはだかった現実だった。
芹口事務局長は言う。「今回のように出勤停止などが多数出た場合、小さな医院や企業は耐えられるのだろうか」。感染拡大が社会にどんな影響をもたらすのか。「託麻台」の経験はモデルケースでもある。 (古川努)
■診療再開の判断妥当
大阪大の朝野和典教授(感染制御学)の話 新型コロナウイルス感染者が出た医療機関の診療再開については一律の基準がなく、個別の判断になる。熊本のケースは感染者の最後の出勤日から14日以上、院内の濃厚接触者の感染がないことで「院内感染はなかった」と判断するのは妥当。既に誰がどこで感染してもおかしくない段階で、勤務先が判明前後の対応を公表するのは、医療機関の対応として今後の参考になる。