コロナ不況下で、安倍政権が“増税派”の日銀委員を推すことの愚/倉山満

―[言論ストロングスタイル]―

◆日銀人事だけは間違えなかった安倍政権が、最後の良心をも失おうとしている

安倍晋三と小池百合子。二人は、「日本で一番パニックを起こしている人間」の座を奪い合っているのか? 安倍首相の自粛要請に続き、小池都知事も「首都封鎖」にまで言及、外出を控えろと命令口調だ。

新型コロナウィルスは、未知の病原体なので警戒は必要だ。だが、そのやり方が不味すぎる。恐怖に打ち勝たなければならない時に、恐怖を拡散してどうする?

安倍や小池に限らず、為政者たちから伝わってくるのは不安と無責任、それでいて「権力を行使してみたい」という欲求だけだ。小池都知事は記者会見まで開いて、都民の週末の外出自粛を要請した。近隣の県も東京への移動を控えるよう呼びかけた。要請だの、呼びかけだの、見るからに自信がない。イベントの中止を求めながら補償をする気もない。

17年前、あまりの規制と役所の縦割りで、「レインボーブリッジが封鎖できない」ことをテーマにした映画が大ヒットした。小池都知事はいつのまに法的問題を解決したのか。橋一本止められないのに、東京都封鎖なんて可能なのか? そんなに東京と他の県の接触を断ちたいなら、まずは都営線を封鎖してみてはいかがか。率先垂範もできない人間に権力を握らせた現実を、有権者は反省すべきだ。

◆新しい日銀委員に、政府が推す人物の問題とは?

現在、日本が何とか持っているのは、日本銀行の金融政策が不十分ながらも機能しているからである。12年前のリーマンショックの時、当時の日本銀行総裁の白川方明は、明らかに日本経済を、日本人を殺しに来ていた。首相の麻生太郎の無能と合わさり、文字通り日本人は地獄に落とされた。それに比べれば現在の黒田東彦日銀総裁に不満はあっても、少なくとも白川時代よりは遥かにマシであるのは間違いない。

これまで安倍内閣は、アベノミクスによる景気回復によって支えられて、憲政史上最長政権となった。問題だらけの政権運営だったが、それでも日銀人事だけは間違えなかった。先日も「安倍内閣最後の良心」として、エコノミストの安達誠司氏を日銀委員に推した点を、最近の私では珍しく激賞した。そして本当に「最後」になってしまったようだ。

6月で任期が切れる布野幸利委員の後任に、政府は中村豊明氏を提示してきた。布野氏はトヨタ出身、中村氏は日立出身。日銀委員には「枠」があり、産業界枠の交代である。その枠の正当性はともかく、それでも中村氏が人畜無害であるなら許せもしよう。ところが、中村なる人物、このデフレ下でさらにデフレを悪化させた前科があるのだ。

8%消費増税が行われようとする前の平成24年8月6日、中村氏は参考人として呼ばれ、経団連税制委員会の企画部会長として発言している。ここで中村氏は「デフレ下であっても増税を推進すべし」と言い切っている。その結果は、アベノミクスが腰折れ、当初の劇的な回復は失われた。経済的知見に著しく欠ける不適切な人物だ。

◆コロナ不況のなか、“増税派”の委員でいいのか

この点について、NHKから国民を守る党(会派名はみんなの党)の浜田聡議員が3月24日の参議院財政金融委員会で問いただしている。これに対する政府(内閣府審議官)の答弁は、「8年前の発言は経団連の代表としての発言であり個人の見解ではない。本人にヒアリングしたところ、今後は日銀の中に入れば税制に関して発言する気はない」とのことだった。これに浜田議員は畳みかけ、「アベノミクスを推進する黒田総裁は自分はいわゆるハト派だと発言しているが、中村氏もハト派か」と聞くと、「アベノミクスには賛成する」との答弁だった。完全に言質を取った! 増税に賛成したのはポジショントーク。これからはイエスマンに徹する。

ふざけているのか?

野党は当然反対だろう。問題は与党だ。自民党内には、消費税を下げろとかゼロにしろとか、威勢のいいことを言う議員がいる。当然、「政府が増税派を日銀委員に推す」など、反対だろう。ならば、造反してでも反対票を投じ、筋を通すのだろう。

「自分が信じる正論を提言しました。でも上司に反対されました。今後も頑張ります」では、出来の悪いサラリーマンだ。サラリーマンでもマトモな人は、本気で上司の過ちを正したいときは、辞表を胸に提言する。自民党議員の地位に恋々としながら正論を言ったフリなど、見飽きた。

別に、離党しろとも言わない。どうせ造反もできないだろう。ならば、「安倍内閣が増税派を日銀委員に推そうとしている」という悪事を問いただすべきだ。それもできないなら、二度と生意気なことを言うな。

コロナ対策でも「景気対策に和牛券」などと冗談のような政策が飛び出している。すると今度は「魚介類を」と声があがる。何のことはない。業界団体が「自分だけは助けてくれ」と補助金代わりのバラマキを嘆願しているだけだ。今や自民党は、かつての民主党にも劣る低能だと認識すべきだろう。

◆日銀委員一人の一票は、日本の運命を左右するほど重い

そんなことより、日銀委員一人がどれほど重いのか。一票で日本の運命を左右しかねないほど重い。

日本の金融政策、ひいては経済政策を決めるのは、日銀政策決定会合だ。この会合は原則として年8回開かれる。参加者は、総裁1人、副総裁2人、委員6人。全員が対等の1票である。現在の構成は、黒田総裁の金融緩和賛成派が7人、生ぬるいとして反対している所謂リフレ派が2人である。賛成派の内訳は、日銀プロパーで面従腹背の雨宮正佳副総裁とリフレ派の若田部昌澄副総裁を含んでおり、他の4人は黒田総裁の賛成派である。リフレ派の1人として安達氏が入れ替わりに入り、賛成派の1人に中村氏が入る。中村氏は国会答弁の通り「イエスマン」として過ごすだろうが、安倍内閣で初めて明確な増税派の手先が日銀入りする事実は大きい。もはや安倍内閣には、押し返す力が無いのだ。

過去の歴史を振り返っても、日銀の意向で政権や日本の運命が変わった例は多い。

あの小泉純一郎首相も、政権末期には金融緩和を止められた。以後、回復軌道にあった景気は後退、続く第一次安倍内閣は不況を引き受けざるを得ず、短命政権で終わった。

第二次安倍内閣でも、消費増税8%で苦しむ日本経済を救ったのは、ハロウィン緩和である。この時は、5対4の薄氷の勝利だった。1人の重みわかろうか。

中村委員案、否決すべし!

【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数。最新著書に『13歳からの「くにまもり」』

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