【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】#3
プルトニウム製造係長 竹村達也さん
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「北に持っていかれたな」
旧動燃の元プルトニウム製造係長、竹村達也が失踪した後、部下の男に事情を聴いた茨城県警の刑事が言った。
男が語る。
「当時は北朝鮮による拉致事件があるなんて、全く知られてない。『北』ってなんのことだろうって気になったので、明確に刑事さんのセリフを覚えてるんだ」
確かに男の言う通りだ。竹村が失踪したのは1972年3月。まだ、日本社会で北朝鮮による拉致が取り沙汰されることはなかった。
■失踪の8年後に飛び出したスクープ
メディアに「拉致」が登場するのは、竹村が失踪して8年後の1980年1月のこと。サンケイ新聞が「アベック3組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」という見出しで、福井、新潟、鹿児島で男女のカップルが拉致された可能性があるとスクープした。その中には、2002年に北朝鮮からの帰国を果たす蓮池薫・祐木子夫妻らの事件も含まれている。
だが、この報道から2カ月後の国会で、政府は北朝鮮による拉致に言及しなかった。警察庁刑事局長の中平和水は次のように答弁している。
「確かに大変同じ時期にそうした若い男女が約40日ぐらいの間にいなくなっておりますから、そういう点については確かにご不審をお持ちの向きもあろうかと思いますが、私ども純粋の捜査の立場で申し上げますと、いまのところ客観的な関連性というものは出てまいってない」
政府が北朝鮮による拉致事件の存在を明確に認めたのは、1988年3月だ。国家公安委員長だった梶山静六が、こう国会で答弁した。
「昭和53(1978)年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。解明が大変困難ではございますけれども、事態の重大性にかんがみ、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなければならないと考えております」
政府が「北朝鮮による拉致」を持ち出す16年も前に、茨城県警は拉致の可能性を疑っていたことになる。
ただ、それは本当なのだろうか。竹村のような核科学者が拉致された可能性があれば、国家にとって一大事である。厳重な警戒態勢に入るのではないだろうか。私は茨城県警の刑事が言った「北」が北朝鮮のことを指していたのか、いぶかった。
だが私は、ある重大な事実を発見する。=敬称略(つづく)
(ワセダクロニクル編集長 渡辺周)