新型コロナ治療薬、なぜアビガンよりレムデシビルが先に承認されたのか?

◆新型コロナウイルス治療薬を巡るメガ・ファーマ戦争

5月7日、厚労省は新型コロナウイルスの治療薬として、米医薬大手ギリアド・サイエンシズ社が開発した抗ウイルス薬「レムデシビル」を国内で初めて特例承認した。通常、新規医薬品は申請から承認まで1年以上を要するが、ギリアド社の日本法人が申請を出したのは5月4日のこと。異例とも言える、わずか3日でのスピード承認となった。

レムデシビルはエボラ出血熱の治療を目指して開発された点滴薬で、エボラの治療薬としては確立されなかったものの、新型コロナウイルスへの効果が期待されるため、米国食品医薬品局(FDA)が1日、使用を承認。これを受けて、日本政府も決断に至ったとされる。

今後、レムデシビルは人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を必要とする重症患者向けに使用されることになるが、米国では、重症患者200人に5日間投与した結果、10日後には半数を超える65%の患者が回復したとする結果も出ているという。ただ、期待が膨らむ一方で肝機能の低下など副作用も確認されており、しばらくは注視していく必要があるだろう。

「緊急事態宣言」の延長が発表された4日、安倍晋三首相は抗インフルエンザ薬「アビガン」(富士フイルム富山化学=一般名「ファビピラビル」)について「月内承認を目指したい」と話していた。新型コロナウイルスの治療薬として純国産の“アビガン待望論”が高まるなか、米国産のレムデシビルに先を越された格好だが、なぜ、このような異例のスピード承認に至ったのか? CDC(米国疾病予防管理センター)で公衆衛生に従事していたキャリアもある、医師で自治医科大学准教授の田村大輔氏が話す。

「レムデシビルは米国でエボラ出血熱の治療薬として認可を受けており、国際共同治験でも一定の評価を得ていたから素早く承認に至った。これに対しアビガンは、個々の医療機関が患者の同意を得たうえで観察研究をしているにすぎず、治験も済んでいないため、レムデシビルに分があったということです。さらに、アビガンは催奇形性(胎児に奇形を起こすこと)の副作用があることから、日本では、緊急を要し、ほかに手だてがないときに限って使われる『新型インフルエンザ』の治療薬として認可を受けています。

厚労省は自らの不作為により、’50年代後半に薬害サリドマイド禍を、’80年代に薬害エイズ事件を食い止められなかった苦い経験があるので、アビガンを通常の『季節性インフルエンザ』の薬としては承認しなかった。国産なので規制当局が統制しやすく、安定供給も望めるが、この副作用の問題が今も大きな足かせとなっており、政府としてはアビガンを後押しするのに慎重にならざるを得いのです」

ただ、レムデシビルも肝機能障害、下痢、腎機能障害といった副作用が頻繁に指摘されており、多臓器不全、敗血症性ショック、急性腎障害など重篤化するケースも報告されている。一方、アビガンの“待望論”は早くからわき上がっていた。スムーズに承認されない理由は、本当に厚労省が抱える「過去の呪縛」だけなのか……? 医師で医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が話す。

「厚労省がPCR検査の数を絞ったため、治験しようにも感染者がいなくてできなかったというのが、承認が先延ばしされている真相です。治験は患者がいなければできないが、日本ではランダム化試験を行うにも被験者のリクルートに時間がかかるのが実情……。現在のように、観察研究など行う暇があったら、すぐさま治験をやるべきなのにすべてが後手に回っていると言わざるを得ない。

そればかりか、富士フイルム富山化学のアビガンの物質特許は、日本では5年間の延長手続きを行っており’24年まで有効なのですが、中国においては’19年に失効しています(ただし、製造特許は存続)。中国企業との間で交わした販売ライセンス契約もすでに終了しているため、今後、富士フイルム富山化学にはロイヤルティなどは入ってきません」

長らく日本国内に閉じこもり、単独でグローバルな治験を行う力のない企業にとって、いきなり、メガ・ファーマがシノギを削る世界に放り出されるのは酷な話だろう。実際、レムデシビルを巡っては、すでに米中の激しい小競り合いが繰り広げられているからだ……。上氏が続ける。

「英医学誌『ランセット』には、中国の製薬企業のグループが特許で保護されているレムデシビルを勝手につくって治験を行ったところ、『目立った効果はなかった』というリポートが掲載されていました。治験の結果が芳しくなかったのは、恐らくこの頃には新型コロナの感染が収束しつつあり、感染者が集まらなかったからと見られます。

一方、ギリアド社が国際共同治験を行ったのは、各国で一斉に承認を取りたかったからで、これにはNIH(米国国立衛生研究所)が資金を助成している。米中の衝突は、新型コロナのパンデミックが引き金となって、世界のメガファーマ(巨大製薬企業)が熾烈な競争を繰り広げていることを如実に物語っている。

特に中国の動きは早く、3月18日の時点でファビピラビル(アビガン)の臨床試験の結果を2件発表するなど、とてつもないスピード感で研究を進めていました」

◆新型コロナの致死率と副作用を両天秤

スピード勝負になるのは言うまでもない。ただし、当然その分リスクも大きくなる。前出の田村氏が話す。

「平時においては、薬の効果があっても副作用が大きければ認可はされません。だが、今回は平時ではない……。米国のFDAにせよ、日本のPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)にせよ、規制当局は非常時だからゴーサインを出した。つまり、薬害が起きたら製薬会社だけでなく、規制当局も責任を免れないということです。厚労省は過去の苦い経験からアビガンに対しても慎重な姿勢を貫くつもりだったが、今は、新型コロナの致死率と副作用を両天秤にかけ、前者に傾いたのでしょう。

乱暴に言えば、国民を守るために、副作用は引き受ける腹づもりなのかもしれません。ただ、そもそもアビガンがほかの治療薬候補に比べて優れた効果を示しているかどうかもわからない。否定的な結果は肯定的結果に比べて公表されにくい“パブリケーション・バイアス”も手伝い、芸能人がアビガンで治ったと言えば、それが大々的に報じられ、あたかも特効薬であるかのように錯覚する人もいるかもしれないが、それは幻想にすぎないのです」

今、この瞬間も新たな治療薬の研究が進められている。我らがアビガンの承認も待たれるが、課題は山積しているようだ……

◆ウイルス増殖の抑制効果、米国から「無償提供」

NIHによると、今回、治療薬として初承認されたレムデシビルは、偽薬を投与した患者が回復に15日程度かかった一方で、レムデシビルを投与した患者は11日で済んだという。死亡率の明確な改善までは認められなかったというが、加藤信勝厚労相は「いつ日本に届くのか確定した情報はない。必要な量の確保に向けて努力したい」と話した。

<取材・文/週刊SPA!編集部 写真/AFP=時事>
※週刊SPA!5月12日発売号より