正義の味方か、デマゴーグか? 「モーニングショー」玉川徹とは何者なのか

上智大学教授の水島宏明は、元日本テレビディレクターとして「ネットカフェ難民」問題をいち早く取り上げるなど、リベラル派かつ「敏腕」と呼ぶにふさわしいメディア人である。
ここ最近、彼が連日実況するかのように「ニュース」として配信してきたのが、視聴率が絶好調の「羽鳥慎一モーニングショー」と玉川徹の話題だった。
その水島が、4月28日「スクープではないか?」といち早く記事化した玉川徹発言は誤りだったとして、自らの記事を訂正することになった。水島が取り上げた発言自体は、いつもの玉川節だ。
玉川は事実誤認だったと翌日訂正
玉川は東京都の検査が土日は民間任せになっており、「番組のスタッフが確認しているんですけど、39という件数は全部これ民間の検査の件数なんです」と発言し、行政の検査体制を鋭く批判した。
水島もこれに乗っかり「スクープではないか?」「報道の人たちは、行政が発表する数字をそのまま伝えるのではなく、この番組のように『自ら調べる』という姿勢を示してほしいと思う」と大いに持ち上げてみせた。
ところが、これは事実誤認だったとして、玉川自身が「潔く」非を認め、翌日の番組で訂正することになる。
前段がいささか長くなってしまったが、注目すべきは水島のコメントだ。彼は「結果的に、玉川のコメントを信頼し、その取材力や見識を日頃から評価していた筆者は、玉川が『誤報』する可能性などつゆほども疑わ」なかったという。
私が驚いたのは、訂正そのものよりも水島の反応だ。水島のような一流の経歴を持つメディア人にして、玉川は「誤報」する可能性がないと思わせる存在になっている――。
百田尚樹との近似性
私は「文藝春秋」6月号に寄稿した「 モーニングショー 玉川徹の研究 」の中で、周辺取材や過去の著作をもとに、一貫して官僚への疑念をむき出しにし、しかし自分が言いたいことを言うためにも「視聴率」=マスは意識する……そんな彼を「ポピュリスト」であると指摘した。
ポピュリスト・玉川の姿勢はリベラル派というよりも、右派的なツイートで常に物議をかもす作家・百田尚樹のそれと近いように思えるとも書いた。玉川についての詳細な検証は本誌に、百田については『 ルポ百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地 』(小学館、6月17日発売)に譲るが、重要なポイントだけを書いておく。
多くの人は、百田は安倍政権に最も近いベストセラー作家で、玉川は安倍政権に批判的なはずで何が近いのかと思うはずだ。だが、そうした見方は間違っている。テレビ構成作家出身の百田、生粋のワイドショー屋である玉川は根本的な姿勢において近似する。その根本の姿勢こそがポピュリズムだ。
昨今の政治学では、「ポピュリズム」そのものは必ずしも否定するだけの対象ではない。メディア上で広く使われている「大衆迎合主義」という訳語も、適切とは言えない。例えばオランダの政治学者カス・ミュデらはポピュリズムをこう定義する。
「社会が究極的に『汚れなき人民』対『腐敗したエリート』という敵対する二つの同質的な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意志の表現であるべきだと論じる、中心の薄弱なイデオロギー」(『ポピュリズム:デモクラシーの友と敵』白水社、2018年)
玉川はエリート=官僚と対峙することで、政治から置き去りにされる人々の思いを捉えている存在であり、百田は「朝日新聞」に代表されるリベラルエリート特有の偽善的な姿勢に対峙することで支持を獲得していると見ることもできる。
右側から攻める百田、左側から攻める玉川
こうも言えるだろう。右派からリベラルメディアに向けられる疑念を象徴する存在が百田であるとするならば、玉川は安倍政権と政権に近い専門家に向けられたリベラル側の疑念を象徴している存在である。
玉川も百田も、大衆には決して迎合せず、「本音」を発すること――あるいは「本音」を発する場を確保すること――で大きな権威と対峙する姿を見せ、人々の心を捉える。彼ら自身が計算しているわけではないのに、彼らの本音や一挙手一投足に賞賛と批判が集まるのは、人々がポピュリストに魅了されていることを意味している。私には彼らの動向に注目が集まること、それ自体がポピュリズムの時代を現す一断面に思えてならない。
共通しているといえば、百田も玉川も共通しているのは、指摘された間違えを認める「潔さ」だ。変な言い訳はしない。冒頭の謝罪騒動も大きな傷にはならないだろう。玉川ファンからすれば、「間違いを潔く認め、謝罪」したことが評価ポイントとなり、アンチ玉川は「間違いが他にもある」と関心を持続させるからだ。
いずれにせよ、問題は日本でも強まるポピュリズムの風とどう向き合うかということだ。彼らが話題になる社会は大いに取材し、考察する価値がある。
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石戸諭氏による「 モーニングショー 玉川徹の研究 」の全文は「文藝春秋」6月号および「文藝春秋digital」に掲載されている。
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(石戸 諭/文藝春秋 2020年6月号)