アニメ制作会社「京都アニメーション」の放火殺人事件で、27日に逮捕された青葉真司容疑者(42)。早朝の病室で逮捕状を執行し、ストレッチャーに乗ったまま移動。検事がわざわざ警察署に赴き、手錠もされぬ容疑者は即日、送検された。勾留する施設は京都から離れた大阪拘置所(大阪市)。異例だらけの手続きは体調を考慮してのことだが、こうまでして今、青葉容疑者を逮捕する理由は何だったのか。
報道陣を前に、京都府警の川瀬敏之捜査1課長は「時間がたつことで記憶が薄れていくことが懸念される」と打ち明けた。事件から314日。入院期間が長引けば長引くほど立証に不利になることを熟知していた府警は、時間との戦いも余儀なくされていた。
府警は今年の年明け以降、水面下で複数回にわたり、青葉容疑者の逮捕を検討した。だが、いずれも直前に発熱があったなどしたため、ことごとく流れた。4月ごろになって発熱の頻度が減り、感染症の検査の数値もみながら、ようやく逮捕を具体化させようとした矢先、新型コロナウイルスの感染が拡大し、京都府は緊急事態宣言の対象地域となった。
府警が青葉容疑者の逮捕に踏み切った27日は、京都府が宣言の対象から外れた21日から6日後。捜査関係者は「解除がまったく影響しなかったとはいえない」とする。一人では起き上がれず、食事もできない青葉容疑者の初日の取り調べは、横になったまま行われたとみられる。
逮捕後に記者会見が行われた府警伏見署は、換気に配慮して窓が開けられ、マスクをつけた報道陣は間隔をあけて配置されたいすに着席。川瀬1課長もマスク姿で、伏見署長と距離を取って座った。逮捕記者会見の様子も前例のない状況だった。
謝罪や反省「聞いてない」
「ガソリンを使えば多くの人を殺害できると思った」「京アニに恨みがあった」-。青葉容疑者はこう供述し、犯行の計画性や強固な殺意を示唆した。取り調べにも落ち着いた様子で対応したというが、謝罪や反省の言葉については、「今のところ聞いていない」(京都府警幹部)。なぜ京アニは標的になったのか。府警の本格追及が始まる。
昨年7月18日、事件直後のやりとりだった。「(京アニが)俺の小説をぱくった」。府警の捜査員に身柄を確保された青葉容疑者が叫んだ。
京アニ側は、小説などの公募に青葉容疑者と同姓同名の人物から応募があったことは確認している。ただ1次審査を通過していなかった上、「同一・類似の点はないと確信している」(京アニ側)。
一方、インターネットの掲示板では、こんな書き込みも見つかった。《京アニに裏切られた》《爆発物もって京アニ突っ込む》。書き込みは一昨年秋に集中していた。府警は青葉容疑者との関連性は突き止められていないとしている。
「恋人に裏切られたような感覚だったのでは」。こう指摘するのは奈良女子大の岡本英生教授(犯罪心理学)。府警は容疑者宅の家宅捜索で、大量の原稿用紙のほか、京アニ関連グッズを見つけた。「京アニに親しみのような感情があり、人生の希望だったのでは」(岡本教授)。
小説の投稿に関連し、一方的に裏切られたと感じて恨みを募らせたのか。しかし、岡本教授はいぶかしむ。「それだけで放火殺人というのは考えにくい。他に何か背景があるかもしれない」
社会に嫌気「余裕ねぇんだ」
兄、妹とともにさいたま市で少年時代を過ごした青葉容疑者。10代後半は定時制高校に通いながら、埼玉県の非常勤職員としても働いた。
しかしこの頃、生活は暗転する。個人タクシー運転手だった父親が業務中に死亡事故を起こし、やがて亡くなった。事故で背負った賠償金が支払えなかったとの話もある。
やがて3きょうだいの暮らしは困窮。アパートの家賃を払えず、追い出されるように出ていった。
以降は1人暮らしをしながら、派遣社員やコンビニのアルバイトなど、非正規の職を転々とした。しかし平成20年のリーマン・ショックが追い打ちとなり、職と住まいも失った。
24年、茨城県坂東市のコンビニで強盗事件を起こし、懲役3年6月の実刑判決を受けた。裁判では動機についてこう述べたという。「仕事で理不尽な扱いを受け、社会で暮らしていくことに嫌気が差した」
新潟青陵大学大学院の碓井真史(まふみ)教授(社会心理学)は、事件の背景に「人間関係や経済的な部分があると思う」とみる。募らせた社会への不満が、京アニへの理不尽な敵意へとすり替わったというのだ。「抗議や裁判ではなく、極端な方法でしか解決できないと思い込む人間がいる。それが今回の方法だったのだろう」
犯罪心理学には、家族や仕事などに代表される「社会的絆(きずな)」という概念がある。自分と社会をつなぎ、犯罪の阻止や抑止にもつながる存在だ。「こうしたものが一つでもあれば、違った結果だったのかもしれない」(碓井教授)。
刑務所を出所後、騒音トラブルを繰り返した青葉容疑者。自宅アパートの隣人男性が騒音を立てたと勘違いし、「殺すぞ」「こっちも余裕ねぇんだ」などと激しい敵意を向けることもあった。平成以降最悪の放火殺人に及んだのは、この4日後だった。
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京都アニメーション放火殺人事件の背景を探る。