政府は、検察官の定年63歳を段階的に65歳に引き上げる検察庁法改正案の今国会での成立を見送った。世論の反発を受けたからだが、結果として賢明な判断だ。首相官邸に改正への強い意志があったとは思えない。
安倍晋三首相も関心は低かった。改正は法務省・検察庁の要請だった。黒川弘務・東京高検検事長の定年延長もそうだった。
それを一部メディアは、法案は検察人事への政府の介入を可能にするだの、「官邸の守護神」とされる黒川氏を検察トップの検事総長にして政治案件の事件をうやむやにするためだと騒いだ。
SNSでも反対の声が何百万も表明された。芸能人も発言した。テレビのワイドショーは暗黒社会が訪れるように報じた。
既視感がありはしないか。特定秘密保護法、集団的自衛権の限定行使を可能にする安保法制、テロ等準備罪を新設した組織犯罪処罰法-これらを制定する際に決まって、「暗黒社会、統制国家になる」との騒ぎがあった。
結果はどうか。暗黒社会どころか、現在も政府批判は可能ではないか。
今回も検事総長経験者らが安倍首相を絶対君主として名高いフランスのルイ14世になぞらえた。毎日新聞は「旧ソ連のスターリンを想起する」とし、「検察が大量粛清の先兵になった」とのインタビューを載せた。発言者は共産党シンパの学者だ。どの口が言うのか。
立憲民主党の枝野幸男代表は国会で安倍首相をこんなコロナ禍の中でと「火事場泥棒」呼ばわりした。が、火事場泥棒はどちらだったのか。
検察庁法改正案は国家公務員法改正案との「束ね法案」だった。国家公務員法改正案は、国家公務員の定年を60歳から段階的に65歳に引き上げるものだ。問題は給与の引き下げがないことだ。民間では定年延長後の給料は下がるのが普通だ。国家公務員は下げない。法案成立後には地方公務員法改正が予定されていた。地方公務員の定年延長を可能にし、給与を下げないというものだ。
地方では公務員は最も収入の多い職業の一つだ。コロナ禍で経済が低迷する中、なおさらだ。その公務員の定年延長を可能にする法案がコロナ禍で審議されていた。検察庁法改正案で騒いだのは「目くらまし」だったのか。火事泥棒的に公務員優遇の法律制定が企図されていたのだ。
政府は検察官を含む公務員の定年延長を盛り込んだ国家公務員法改正案自体の廃案に方針を転換したという。黒川検事長も「賭けマージャン」で辞職した。バカ騒ぎは何だったのか。騒いだ芸能人を含め、自分の見識のなさを猛省してほしい。
■八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 1962年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了、政治学研究科博士後期課程研究指導認定退学。専攻は憲法学。皇室法制、家族法制にも詳しい。第2回正論新風賞受賞。高崎経済大学教授などを経て現在、麗澤大学国際学部教授。内閣官房・教育再生実行会議有識者委員、山本七平賞選考委員など。法制審議会民法(相続関係)部会委員も務めた。著書に著書に『憲法改正がなぜ必要か』(PHPパブリッシング)、『公教育再生』(PHP研究所)、『明治憲法の思想』(PHP新書)など多数。