「賭けマージャン」で辞職した黒川弘務前東京高検検事長の「訓告」処分をめぐって、野党や一部メディアは「軽すぎる」として決定過程に首相官邸が関与したのではないかと疑惑視している。法務省が懲戒処分の「戒告」が相当としていたものを、首相官邸側が懲戒より軽い「訓告」に覆し、最終的に「訓告」となった-という報道を受けてのものだ。
仮に、報道が正しいとしても官邸側の判断に問題があるとは思えない。検事長の任免権は内閣が有している(検察庁法15条)。黒川氏の行為は道義的に問題ではあっても、これまで警察や検察も黙認してきた軽微な掛け金でのマージャンである。懲戒処分は重すぎる。官邸は前例を踏まえた判断をしたに過ぎない。問題視するには無理がある。
だが、その報道の内容自体を、政府は否定している。
法務・検察当局が先に「訓告」処分が相当と判断し、森雅子法相に相談。官邸はそれを受け入れた-と政府は説明している。黒川氏を人事で優遇した疑いで政府に批判が集まっているなかで、さらに処分を軽くして国民感情を逆なでするメリットは官邸側にない。
そもそも、官邸が「戒告」案を甘い「訓告」に覆したという報道は、法務・検察関係者からの証言による。彼らが偽情報を流したとの疑惑が生じているのだ。
今回の一件の背景には、法務・検察当局での権力闘争が存在すると指摘されている。加えて、法務・検察の一部に、政府をイメージダウンをねらった倒閣の企てがあるようにも思われる。
民主党政権は露骨に検察への政治介入に言及したが、安倍晋三政権を含めて歴代政権は検察と一定の距離を保ち、その自律性を尊重してきた。人事はその典型だ。
しかし、その検察が「政治的な意志」を持ったとすれば、話は別だ。軍部に内閣も口を出せず、暴走を許した苦い歴史がわが国にはある。検察が政治的意志を持って暴走したとしたら、万が一、外国勢力と結んで準司法的機能を発揮し始めたら…。ここに「検察ファッショ」の危険性がある。
検察は準司法的機能を持つが、行政組織の一部だ。ところが、内閣はコントロールできない。内閣は国民に選ばれた国会議員によって構成されるとするのが議院内閣制の趣旨だが、検察は国民の民主的な統制が効かない「治外法権」となっている。それをよいことに検察の一部が政治的意志を持って倒閣運動に加担しはじめたら、大変なことだ。
問題は、検察の一部のターゲットがどこに置かれるかだ。現在は、野党や一部メディアには置かれていないが、その後はどうか…。検察をどう民主的にコントロールするかは、今後の大きな検討課題だ。 =おわり
(麗澤大学国際学部教授・八木秀次)