札幌の音楽家 闘病乗り越えCD「音楽だけが支え」叫び、孤独、祈り…SNSで反響

指先や膝を動かすと、全身に広がる炎症で固まった皮膚が割れ、痛みが走る。顔の皮膚を動かすこともできず、食事も取れない。そんな重度のアトピー性皮膚炎から回復した札幌市の音楽家、綱木義光さん(40)が今年、音楽活動の幅を広げている。
10年にわたる闘病生活中に温めてきた14曲を収めた初めてのCD「Rebirth」をアーティスト、Yoshimitsu Tsunakiとして6月にリリースした。7月にはライブ活動を再開した。
繊細で美しいピアノの旋律の背後から、破壊的なノイズが響く。打ち込みのドラムにギターやピアノの演奏を重ね、独特な孤独の世界観を音楽で作り上げた。「誰にも会えない日々の中で、音楽だけが救いだった」という綱木さんの思いに満ちた14曲だ。表題曲「Rebirth」は、暗闇からの再生への祈りが表現されている。
ネット上で評判が広がり、「心が震えた」「ノイズが叫びに聞こえて感動した」といった反響がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて、綱木さんに寄せられている。
初めて炎症が出たのは2歳のとき。軽度な皮膚炎だったが、中学3年のときに突然、顔全体が真っ赤になるほど重症化した。病院で処方された薬は効いたが、髪の毛や眉が抜け落ちた。医師からのはっきりした説明はなかったが副作用だった。
薬をやめると、全身に炎症が広がり、学校にも通えなくなった。治療のために、と温泉に通うと、客から奇異の目で見られ、自分がつかる湯船から人々が出て行った。

健康管理に努め、高校1年のときには友人とロックバンドを組めるほど回復した。しかし、その後も重度の発症と闘病生活の繰り返しだった。疲労がたまると突然、発症してしまう。高校では休学、就職した後も退職を余儀なくされた。全身のかゆみと痛みで夜も眠ることができず、自分の姿を人に見せられず、自宅に引きこもった。同居の親としか会ったことがないという月日は4年間に及んだという。
闘病生活の中でただ一つの支えだったのが音楽だ。パソコンに向かって打ち込み作業をしていると、苦しみや不安、祈りの気持ちを曲にしていくことができた。「人生は思うようにいかない。音楽の中だけでは自分は自由でいられた」と話す。
現在は回復し、障害者の就労支援の仕事に取り組みながら、作曲活動を続けている。「自分が苦しんだ分、社会的な弱者と呼ばれる人々を自然に受け止められる」という。今後の音楽活動は、ファッションデザイナーや舞踏家とのコラボレーションの実現などの夢を膨らませている。【インターン生・土居恭子、中里早希、吉武幸一郎】