熊本県球磨村渡の特別養護老人ホーム「千寿園」。入所者約60人のうち心肺停止で見つかった14人の死亡が確認された6日、流木などに行く手を阻まれながら歩いて施設までたどり着いた。利用者家族と施設に入ると、建物をのみ込んだ濁流の跡が生々しく残っていた。
球磨川と支流が合流する付近に施設はある。地図上ではJR肥薩線の渡駅から歩いて10分弱だろう。駅を出発して、道を塞ぐ流木やぬかるみに足を奪われながら6日昼過ぎに到着した。
建物の前には足首まで埋まるほどの土砂が残り、施設を囲むフェンスには利用者が使っていたと思われる手押し車が無残な状態で引っかかっていた。言葉を失いながら眺めている時だった。「すみませーん。安否確認に来ました」。男性が土砂の中を歩いて向かってきた。施設を利用する母クミさん(103)を捜しに来た同県人吉市の日隠(ひがくれ)金一郎さん(67)だった。
「誰かいますかー」。日隠さんは扉を開けて声をかけ、中に入った。目の前には泥まみれの車椅子やテーブル、ソファなどがいくつも散乱していた。利用者が穏やかな時間を過ごした空間とはとても想像ができない。壁には2メートル超の高さまで土砂が流れてきた跡がくっきり残り、七夕の飾りがかけられたまま。機器の警報音らしき音がピーピーと鳴り響いていた。
日隠さんも自宅が浸水した。泳いで何とか助かったが電話が水没。新しく購入したスマートフォンで施設に連絡したがつながらず、水が引いたこの日、母の安否を確認するため人吉市内から自転車でやって来た。だが、母が過ごしたホームの変わり果てた姿に、日隠さんは言葉を失っていた。
施設職員によると、建物に流れ込んだ濁流の水位がどんどん上昇したため、夜勤対応にあたっていた職員が利用者を2階に上げて避難させたという。4日午後7時ごろ、ようやく自衛隊ヘリや地元ラフティングクラブのボートが救助にあたった。利用者14人が心肺停止状態になっていたことも判明した。救出された全員が一時避難場所となった村総合運動公園に着いたのは同日の午後10時ごろ。翌日未明にかけて利用者らは近くの病院に搬送された。
日隠さんと建物の外に出た時、地区の見回りに来ていた地元の男性が通りかかり、声をかけてくれた。男性から利用者が避難した病院を聞いた日隠さんは、その足で病院に向かい、記者もそこを離れた。しばらくして日隠さんから連絡があった。「母は無事でした」【山口桂子、杣谷健太】