男が刃物で女性店員を脅し、レジの金を奪って逃走する-。大阪市内にある牛丼チェーン「吉野家」で発生した強盗事件は、一見するとよくあるパターンの事件。しかし、捜査員らは事件当時、カウンターに座っていた若い男性客に注目した。男の逃走後、注文していた「牛鮭定食」を店員に催促し、落ち着いた様子で食べ始めた男性客。防犯意識の高まりなどにより店舗強盗が激減する中で起きた事件の捜査は、意外な展開をみせた。
「アホやなあ」
6月5日午前2時前。大阪・梅田から東に約5キロの幹線道路沿いにある「吉野家関目店」(同市城東区)に、マスク姿の男が押し入った。
「金を出せ」。男は、カウンター内にいた女性店員にカッターナイフを突き付けて脅し、レジから現金3万3千円を奪って逃走。当時、店内には女性店員と若い男性客の2人。いずれもけがはなく、大阪府警は強盗容疑で捜査を始めた。
「どうせすぐ捕まるのにアホやなあ」
吉野家のカウンターに座っていた男性客は男の逃走後、駆け付けた警察官らに、こうつぶやいたという。
割に合わない犯罪
「最近ではこういう事件が珍しくなった」
ある捜査関係者がこんな感想を抱くように、飲食店やコンビニエンスストア、金融機関を狙う強盗は近年大幅に減少している。
警察庁によると、店舗が被害にあった強盗事件は、平成20年には全国で年間1175件あったが、30年は同358件と10年間で約7割減少。一方で同年の検挙件数は330件に上った。
発生が抑止され、検挙が増えている背景には、店舗や周辺に設置された防犯カメラの急増がある。コンビニや飲食店は店舗内の現金を最小限にするようになり、従業員でも簡単に現金を取り出せないレジが普及するなど、ソフト、ハード両面でセキュリティーも向上している。
加えて、強盗罪は法定刑が重く、被害者が死亡した場合は死刑になることもある。特殊詐欺の受け子で逮捕され、詐欺罪に問われたときの法定刑は10年以下の懲役。「犯罪をしようという人間にとって、強盗は割に合わない犯罪と考えられるようになった」(警察幹部)との見方もある。
異様な落ち着き裏目に
そうした中で発生した強盗事件。犯人の男が逃走した後、店内に残されたのは、男性客と、カッターを突き付けられた女性店員の2人だった。
「腹が減った」。男性客は被害にあったばかりの店員に、注文していた「牛鮭定食」を持ってくるよう依頼。事件を覚知した警察官が駆けつけると、目撃者として事情聴取にも応じた。
店内の防犯カメラには、目の前の犯行をただ座ってみている男の姿が写っていた。犯人を取り押さえようとすることもなく、かといって逃げるわけでもない。落ち着いているというには、あまりにも不自然な態度に捜査員らは疑念を抱いていった。
一方、逃走した男については、街頭の防犯カメラに写る姿を次々とたどった結果、現場から約4キロ離れた場所にある公園方向に移動していたことが判明。ここから先の足取りを追う捜査陣に、一つの情報がもたらされた。
男性客が現住所としていたのは公園近くにある更生保護施設。捜査を進めると、逃走した男に酷似した人物も、この施設に身を寄せていたことが判明した。
事件発生から5日。府警は強盗容疑で、現金を奪って逃走した建設作業員の男(24)と、店内にいた職業不詳の男(20)の2人を逮捕。府警の調べに、建設作業員は容疑を認めているが、職業不詳の男は店にいたことを認めているものの、強盗の共犯であることは否認している。大阪地検は7月1日、強盗や銃刀法違反罪などで2人を起訴した。
職業不詳の男が店にいた理由は今も判然としない。犯行前の偵察だったのか、不測の事態があれば加勢するつもりだったのか。真相究明は法廷の場に移る。