中国・武漢で、新型コロナウイルスがニュースになり始めた1月末、小池百合子都知事は、新型コロナウイルス感染症対策本部会議を立ち上げた。国の対策本部は3月26日。都の動きは早かった。
「私には防衛相の経験がある」
小池氏が口にする言葉に、有事に強い知事との自負がにじんでいた。
コロナとの攻防は、いわば国との攻防でもあった。いずれ「感染爆発 重大局面」が来ると察し、国に「緊急事態宣言」を迫った。発令時に備え、休業要請の対象施設の絞り込みも都庁幹部に指示した。
だが、国から「待った」がかかる。緊急事態宣言が出ても、「2週間は様子を見て、休業要請も当面は控えるべきだ」というものだった。通常、休業と補償はセットだが、国に補償に応じる気配はなかった。
都庁幹部は「国の意向には逆らえないのでは」と慌てた。
そこで、都民ファーストの会の幹部が極秘で集まり、「国が補償しないなか休業要請に踏み切れば、都民の生活は大変な事態になる。知事、決断してください」と迫った。
小池氏は小さくうなずき、「はい、私もそう考えていました」と言った。
都が最大100万円を出す、「感染拡大協力金」の導入が決まった瞬間だった。小池氏は西村康稔経済再生担当相に直談判し、休業要請を押し通した。そして、協力金は他県のスタンダードになった。
小池氏は、次の決断を迫られた。緊急事態宣言解除後のロードマップ作りだ。解除の基準づくりには、経済の視点も欠かせない。
そこで、都民ファーストの会は「医療崩壊」を起こさせないことを座標軸とした「都民ファースト版」を先行して都に提言した。3日後、小池氏はそれを踏まえたロードマップを都の方針として公表した。
小池氏は、有事にこそ、あえて庁外の耳を持つことの大切さを熟知している。都庁マンは確かに有能だが、有事では前例のないことにも直面する。そこでは、政治が決断を迫られる。
小池氏は6月2日に独自の警報「東京アラート」を発令し、11日には解除したが、その後、感染者が急激に増加している。「一体、東京アラートは何だったのか?」という厳しい批判もある。
都の新型コロナ対策費も1兆円を超えた。当初は大型の財政出動に慎重だった都財務局幹部は、次のように語った。
「財政的にはギリギリだ。ただ、都民の声もある。知事が判断すれば、しっかり支える」
コロナ禍が続くなか、「期待と責任」を背負って、事実上の小池都政2期目(=正式には、7月31日から)が始まった。
■伊藤悠(いとう・ゆう) 東京都議(3期)。都民ファーストの会政策調査会長代理。1976年、東京都生まれ。2002年に早稲田大学卒業後、衆院議員秘書を経て、03年に目黒区議に初当選。05年、都議に。17年に都民ファーストの会創設メンバーに加わる。同年、都議会経済港湾委員長として豊洲移転問題を担当。その後、都議会新型コロナ対策特別委員会委員長も務めた。