甚大な水害などの発生に備え、大勢の人が都道府県や市区町村の境界を越えて事前に逃げる「大規模・広域避難」。未曽有の災害が相次ぐ今、人口が集中する三大都市圏の海抜ゼロメートル地帯などで効果が期待される半面、対象者や調整の手間が多く、避難行動も複雑になるといった課題も見えてきた。現行法では災害発生前の対応にも限界がある。広域避難の制度化を模索する国は、今夏にも専門家の意見を集約し、方向性を打ち出す方針だ。
避難所に頼れない
「私たちも同じリスクを抱えていると実感した」。九州を襲った豪雨を受け、大阪府摂津市の川西浩司・防災危機管理課長は危機感を強めた。
大阪市の北東部に位置する摂津市。淀川や安威(あい)川など複数の1級河川に接し、淀川氾濫時には市域の8割程度が浸水すると想定されている。人口約8万6千人のうち、浸水エリアには約6万8千人が居住。風水害に対応できる避難所は30カ所あるが、浸水リスクがないのはわずか3カ所だ。現状の避難所だけでは、緊急時に全市民をカバーできない。
そこで模索するのが、災害発生前に市域を越えて逃げる広域避難だ。現在、地震時の広域避難場所となる万博記念公園(大阪府吹田市)を水害時も活用できるよう、府と交渉を続ける。「『何かあったら近くの避難所に逃げてください』から、分散避難への切り替えを検討している」と川西課長。広域避難に加え、親戚宅などに逃げる縁故(えんこ)避難、車で安全な場所に向かう車中避難など、さまざまな避難手法を視野に入れる。
計画運休で断念も
全国では広域避難がすでに実施された例もある。
昨年10月の台風19号。利根川流域にある埼玉県加須(かぞ)市が初の広域避難に踏み切った。市によると、協定を結んでいた栃木県栃木市や茨城県古河市などに加え、近隣の埼玉県久喜市などに数百人が避難した。
人的被害はなかったが、問題点も浮上した。加須市の検証によると、広域避難者を受け入れた施設でスペースに不足が生じたほか、市外に向かう車の渋滞などの混乱もみられた。
また、東京東部の江戸川や江東などの5区は、最大250万人を対象とした大規模な広域避難計画をつくっていた。しかし台風19号では、鉄道各社が想定より早い段階から計画運休を予告するなどしたため、避難の足を確保できないとして実施を断念した経緯がある。
制度枠組み整備へ
切迫した状況では自治体間の連絡に加え、輸送手段となる鉄道などの交通事業者との調整が難航することが想定される。また現行法では、国は災害発生後にしか対策本部を設置できないなどの課題も指摘されている。
こうした問題点を精査する内閣府は、広域避難の枠組みをさらに整備するため、有識者会議による検討に着手。今夏にも中間のとりまとめを公表したい考えだ。具体的には大水害の発生前の段階で、住民避難のための協力を交通事業者に要請できるよう制度改革を検討しているとされる。
広域避難のあり方などを議論する内閣府のサブワーキンググループ委員で、関西大社会安全学部の山崎栄一教授(災害法制)は「広域避難は住民の命にかかわる重要な問題。だが関西では帰宅困難者の問題と比べ、議論される機会が少ない」と指摘。その上で「南海トラフ巨大地震や淀川の氾濫など、関西でも広域避難が必要と想定される災害はある。調整には都道府県や広域連合が関わっていく手法も考えられる」と話した。