【コロナ時代の安全保障】イージス・アショア配備中止の愚 気概のない日本…安全保障が失ったものは大きい

最新の「防衛白書」(2020年版)は、「イージス・アショアの配備に関するプロセスの停止」を詳述しつつ、「今後の陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)の導入により」などの記述も残した。不格好に過ぎよう。
白書に残った記述が示す通り、「アショア2基の導入により、わが国全域を24時間・365日、長期にわたり切れ目なく防護することが可能となり、隊員の負担も大きく軽減され」「イージス艦を海洋の安全確保任務に充てることや、そのための練度を維持するための訓練、乗組員の交代を十分に行うことが可能」となる。
それが正式に配備断念となれば、「隊員の負担」は残る。「北朝鮮は、発射台付き車両(TEL)による実戦的な発射能力を向上させ、また、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を開発するなど、発射兆候を早期に把握することが困難になってきている」(同白書)。
だから、イージス・アショアの配備が決まった。なのに、政府はそのプロセスを突然「停止」した。
その理由があきれる。白書は次のように釈明した。
「ブースターをむつみ演習場内に落下させるための措置をしっかりと講じる旨、説明してきた」が、「説明していた前提が違っていた以上、このまま進めるわけにはいかないと判断した」。
つまり、ブースター(推進補助装置)が演習場の外に落下するリスクがあるから「停止」したというわけである。
読者も今一度、考えてほしい。ブースターが落下するのは、イージス・アショアから迎撃ミサイルが発射された場合。つまり周辺国から日本の領域に向けたミサイル攻撃が発生した場合である。
例えば、「北朝鮮は核兵器の小型化・弾頭化を実現し、これを弾道ミサイルに搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有している」(同)。
もし、ブースターが演習場の外に落下するリスクがあるからと、迎撃しなければどうなるか。どちらのリスクを選ぶべきか。そんなことすら現政権は判断できない。
ナイーブなのは日本政府高官だけではない。
時事通信の7月の世論調査では、イージス・アショアの導入撤回を46・7%が「適切だ」と回答し、「適切ではない」の18・8%を大きく上回った。
日本国には矛を持つ気概もなければ、盾を配備できる自治体もない。
コロナ時代は兵器の無人化が進み、コスパが重視される(=既出回参照)。イージス・アショアは、そうしたニーズを満たす。中国ミサイルの迎撃も視野に入る。だが、政府はちゃぶ台をひっくり返した。
覆水盆に返らず。日本の安全保障が失ったものは大きい。
■潮匡人(うしお・まさと) 評論家・軍事ジャーナリスト。1960年、青森県生まれ。早大法学部卒業後、航空自衛隊に入隊。第304飛行隊、航空総隊司令部、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。拓殖大学客員教授など歴任し、国家基本問題研究所客員研究員。著書に『安全保障は感情で動く』(文春新書)、『誰も知らない憲法9条』(新潮新書)など。