ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の女性から依頼を受け薬物を投与し殺害した嘱託殺人容疑で医師2人が逮捕された事件は、SNSで接触し金銭を受け取り殺害するなど、その手口は過去の凶悪事件と重なる側面もある。勾留期限の13日にも刑事処分が決まるとみられるが、医師でありながら生命軽視の行動が明らかになっており、「安楽死」の枠を大きく外れた犯行だったことが浮き彫りになっている。(村嶋和樹)
■「論評に値しない行為」
安楽死は、致死薬投与などで意図的に患者の死を早める「積極的安楽死」と、延命治療を中止し痛みなどを和らげる緩和ケアを施し自然な死を迎える「消極的安楽死(尊厳死の一部)」に大別される。
国内では積極的安楽死は原則認められていない。だが、末期がん患者に薬剤を投与した医師が殺人罪に問われた「東海大病院事件」をめぐり、平成7年、有罪の判断を下した横浜地裁判決では例外となり得る要件が示されている。
主なポイントは、耐え難い肉体的苦痛がある▽死が避けられず、死期が迫っている▽肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、代替手段がない▽患者から明らかな承諾の意思表示がある-の4点だ。
今回の事件で、医師らは女性の主治医ではなく、直接対面は殺害当日のわずか10分間程度だった。また、診察で病状を正確に把握し他の緩和ケアを検討した形跡はなかった。医療倫理に詳しい慶応大の前田正一教授は「過去に積極的安楽死の許容性が問題となったケースとは異質で、論評に値しない行為」と断じる。
■座間、やまゆり園事件との類似性
医療倫理を疑わせるような言動も確認されている。
医師の1人は自身のツイッターで、手塚治虫の人気漫画「ブラック・ジャック」に登場する高額で安楽死を請け負うキャラクターに言及し「自殺幇助(ほうじょ)になるかもしれんが、立件されないだけのムダな知恵はある」などと投稿。ツイッター上で安楽死への願望を書き込んでいた女性に、医師らは「訴追されないならお手伝いしたいのですが」などと返信した。医師の口座には犯行前、女性から計130万円が振り込まれ、犯行当日に女性宅を訪れた際はヘルパーに偽名を名乗っていた。
犯行態様は異なるがこうした接触方法は、29年10月に神奈川県座間市で男女9人の切断遺体が見つかった事件との共通点もみられる。強盗強制性交殺人罪などで起訴された男はツイッターで「首吊り士」と名乗り「首吊りの知識を広めたい」「本当につらい方の力になりたい」と自己紹介。自殺志願の書き込みをした女性らに接触を図り、自宅に呼び出して殺害し現金を奪うなどしていた。東京工業大の影山任佐名誉教授(犯罪精神病理学)は「どちらもツイッターで死を願う人に接触し、偽名を使って犯行を隠蔽する手口だ」と類似性を指摘する。
高齢者や難病患者の命を軽視しているととれる言動は、28年7月に相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件とも通ずる。影山氏は「やまゆり園事件のような一方的な犯行と異なり、医師としての使命感もあったのだろう」としつつも、「緩和ケアなど他の方法を検討しておらず、生命の軽視が甚だしい」とみる。
■「患者目線で検証していく必要」
国内では終末期医療に携わる医師らが患者を死亡させ刑事事件に発展するケースが相次ぎ、24年、超党派の国会議員でつくる議員連盟が尊厳死を求める患者の意思(リビング・ウィル)に法的効力を認め、医師の責任を問わないとする法案を作成した。だが、障害者団体などから反対意見があり提出には至っていない。
事件を機に、改めて積極的安楽死や尊厳死の是非を問う議論は起きるのか。
日本尊厳死協会の長尾和宏副理事長は「積極的安楽死と尊厳死の違いを理解しなければ、そもそも議論がかみ合わない」と指摘し、「亡くなった女性は主治医に自分の希望をどう伝えたのか、家族に相談できていたのか。今回の事件を患者目線で検証していく必要がある」との見方を示した。
■ALS嘱託殺人事件 京都市中京区のマンションで昨年11月30日、ALS患者の林優里さん=当時(51)=が意識不明になり、搬送先の病院で死亡。京都府警は7月23日、林さんの依頼を受け薬物を投与し殺害したとして、嘱託殺人容疑で、いずれも医師の大久保愉一容疑者(42)と山本直樹容疑者(43)を逮捕。大久保容疑者は、会員制交流サイト(SNS)で安楽死を肯定する投稿を続け、林さんとツイッターでやりとりを続けていた。